第二章 蒼海の宴

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 吉備氷雨。刀真の友である吉備真二の妻。五龍をはじめとして、多数の龍を式神として操る。龍神の巫女の名で呼ばれているが、今の彼女はTシャツにジャケット、ホットパンツという体(てい)で巫女とは程遠い恰好をしていた。  それを言うなら、刀真も破敵の陰陽師などと呼ばれているが、今はどう見ても若い釣り人にしか見えない恰好をしている。頭にかぶった帽子が妙に似合っている。 ――やはり、潜入任務は性に合わない。 「くくく、まぁ、もう少し我慢してな。俺だってクーラーボックスの中で我慢しているんだからよ」  頭に直接響いた声に刀真は内心驚いたが、そんな様子はまるで顔に出さずに答える。 「すまない。聞こえてたか」 「声には出てねぇぜ。だが、何考えてるのか位はわかる。蒼のやつの方が敵に近い場所にいる。そこに駆けつけられないのが、最高に腹立たしいんだろ?」  “剣”と“剣の使い手”の声のやり取りは氷雨には聞こえてないらしい。刀真が現在の所有者である“破敵之剣白陽天ノ光”は、基本的に使い手か使い手だった者としか会話したがらない。今はその方がありがたい。  この会話が聞こえていたら、氷雨に散々からかわれたことだろう。    刀真は、春日蒼と婚約している。あるシキタリによって戸籍は、妻の側に入れなければならなくなるのだが、刀真自身は気にしていないし、そのことについてとやかく言ってくるような親戚が彼にはいなかった。父も母も幼いころに失くしている。  今彼が手にしている――クーラーボックスの中にある懐剣も、元は彼の一族が持っていたものではなく、春日家に代々受け継がれてきたものだ。  安倍晴明によって鍛え上げられた二振りの剣の片割れ。  陰陽少女――陰陽の巫女の他には、彼女の隣に立つ者だけが振るうことを許されるとされた剣。  実際には、蒼に許されたというよりも、破敵之剣に気に入られたという印象の方が強い。この剣――刀真は天と呼んでいる――は非常に気まぐれな性格で、いずれ飽きられてしまうのではないかと刀真は密かに恐れている。蒼の父親を相手にしている時に似た緊張感を時々感じるのだ。 「また、難しい顔して、大方蒼のことか、それとも敵のことを考えてたんでしょうけど」 「敵、か。一番の問題は敵が見えないことだ」
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