第1章

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自殺するにあたっての心構えとしてこの感覚は正しいのだろうか? 16分に1人が自ら死んでいくこの国の残念な出来損ないの1人としてそんなこ とを考えていた。 今から無になろうというこのごに及んでまで誰かのお手本を必要としている、 そんな自分が滑稽であり、かつ情けなく「やはり死ぬべきなんだ」とあらためて 思った。 都内のどこだか知らない街の繁華街から裏路地に入った雑居ビルの屋上。見下ろせば、眠らない街の明かりに邪魔された上空の深夜の暗さが、小さな街灯に照らされたアスファルトの黒と混ざり合って渦巻きながら、後ろ手にフェンスを握りしめて覗き込む僕に「怖さ」としてせまってくる。 本来ならば、そこに「怖さ」はあってはならないはずだった。自らその「死」と いう瞬間を通り抜けて「無」になる人間には、そこには「怖さ」ではなくて、少 しの暖かみをもった「救い」がなければならないはずだった。 だが、もういいだろうと僕には思えた。 「絶望なんてそんな立派なもの経験していないよ」 僕の好きな漫画の主人公もそう言っている通りに、その「救い」は、この人生と いうものにおいて、何かしらをもがき苦しみながら積み上げようとした人間にだ け現れる、世界というものからの最後の優しさであるように思えた。まさにそれ は「お手本」であって、僕のようにただ流されるまま生きてきた人間には望むべ くもないものだった。 だから僕は自分の「死」というものすらも流れにまかせてしまおうと考えた。そ れを果たして自殺とよべるのかとも少し考えたが、もうどうでもよかったし、な んだかどんな死に方よりも僕らしいとも思えた。 そして僕はフェンスの外側にL字型に出っ張った「死」と「なまぬるい生ともよ べないもの」の間に腰をおろして、かたわらに放り出してあった、アルコール類 がパンパンに詰まった、大きなコンビニ袋をたぐりよせると、その中からまずは と500mlのビールをとりだして、プシュリと開けた勢いそのまま一気に何口 かを喉に流し込んだ。 「はー・・・。うまい・・・。」
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