第1章

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2月の冷たいビル風は、ぶらぶらと「死」という空間に投げ出された足元から、 僕を徐々につめたく冷やしながら、ひゅうひゅうと吹き抜けていった。それは砂 像になった自分が、さらさらと少しずつ吹きさられるイメージを僕の中に形作っ て、そのイメージは僕の中にしっくりとはまるように根付いて心地よく、僕はど んどんと飲み込むペースをあげていき、早くもなくなった一本目の缶から僕は 「死」の中へとその手を離した。 ふわっ・・・・。カツンッ・・・。 それだけ。そうそれだけのことなのだ。いらないもの。いらなくなったもの。そ ういう存在からそっと手を離す。その「軽み」・・・。できればそんな風に僕は 僕を手放してしまいたかった。だが下を覗き込んでみれば、そこには「怖さ」が 自らの当然さを主張しながら、いぜんとして黒く渦巻きながら吹き上げ、僕はた まらなくなって2本目のビールを手に取り、かたわらに下ろしていたダッフルバ ックのなかから抗精神薬の束をとりだすと、何であろうと構わずに10錠ほどを 喉を刺激する炭酸の泡とともに飲み下した。 「リアルだなぁ・・・。こんな時だけリアルだ・・・。いや・・・。こんな時だ からリアルなのか・・・。」 そんなことをブツブツつぶやきながら、僕は最後の最後まで逃げようとした。 あたりまえだ。これまでどんな事柄についても、考えて決断しているように自分 をごまかしながら、結局は楽な方に流れてきた。そんな僕が文字通り命懸けの決 断などできるはずはなかった。だから僕はさらに、3本目、4本目のビールと抗 精神薬に逃げ、さらに大瓶のウィスキーの半分まで逃げ、そろそろフラフラとし てきた状態から、もっと酩酊しての前後不覚と意識朦朧のすえのアクシデントま で逃げ切ろうとした。だがその時後ろから声が聞こえた。 「ねーぇ・・。きこえてるぅー?」 それがビル風から変化した空耳なのか、それともラムネのように口に放り込み続 けた薬からくる「死」への幻惑の始まりなのかは、その一瞬では判断がつきかね たが、僕が少しおどろいて振り返ると、そこにスカートなのにあぐらをかいて座 っている若い女性が夜の影の中に薄ぼんやりと見えた。
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