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夏のある夜。
ふいに部屋は真っ暗になった。
ワコは闇が苦手だった。
なにも見えない空間は、からだが浮かんでいるような、そしてそこはかとない世界が広がってくような、そんな気持ちがわいてきた。
いつも、身の回りにいる小さな昆虫や、まだ名前も覚え切れてない植物たちを見つめながら暮らしているワコにとって、広い部屋の隅にある自分のベッドで真っ暗になることは、とても嫌なことだった。
なので、停電が始まるとワコは泣いた。
「また恐がりが泣いているよ」
同室の上級生の人たちは、あきれたように言った。
「ワコ、うるさいよ。泣かないの」
同室の上級生に怒られても怒られても、ワコはこういうとき、感情が暴走する。
暗闇が部屋の隅のワコのベッドを占領している。見えなくなると言うことは、音を拾っている耳さえもマヒしていくように感じた。
ワコはとっさに『小さな母』を思い浮かべた。
思いがうまいことイメージされたときだけ、『小さな母』は指に現れる。
小指の先で、ぷっくりと笑っている。
そして、ワコにしか聞こえないぐらいのかすれたような声で、ぼそぼそ話し始める。
「今日はうちはハンバーグにしたよ」
ワコには『小さな母』の顔がなかなか見えない。相変わらず部屋は真っ暗で、恐ろしい空間なのに、『小さな母』の声だけがぼそぼそ聞こえてくる。
こゆびをじっと見つめても、暗くてなにも見えない。
「そのうち、目がなれるからさ」
『小さな母』はぼそぼそ言う。不思議とよく聞こえる。
「暗いところでみえなくなるのはね、目が明るいところになれているからなんだよ。慣れたら暗いところでもいくらか見えるようになる」
ワコは返事をしなかった。怖いのだ。
「なに怖がってんの?」
ワコは答えない。ただ、泣いていた。
「そんなに暗闇を怖がっていたら、電気が来なくなったら生きられないよ、ワコ」
『小さな母』は、ぼそぼそと、口調をかえない。
「ま、仕方ないか。もともと生きられそうもなかったもんな」
ワコは泣き止んだ。
『小さな母』はふと、ワコに言った。
「カーテン、めくって、外見てみてよ」
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