消えた笑顔

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「ただ、ひとりで好きな本が読めれば、それでいいってわけじゃない……いつものこの場所で、こうしていられる……その時間が大切なの」  汐莉が言ったその言葉が、比呂樹には忘れられない。  放課後の三時くらいから、閉館の五時までの、僅かな時間……その時間があるから、日々の煩わしさが緩和され、癒される。  学校にも図書室はあるが、汐莉はそこには行かない。病気で学校を休んだりしないかぎり、必ずその図書館を訪れる。  汐莉は図書館で比呂樹に会うと、いつも笑顔を見せてくれた。学校で会っても、素っ気ない態度なのに、図書館ではまるで別人のように、比呂樹に接してくる。  それが、比呂樹には嬉しかった。学校では見せない彼女の素顔……図書館では、それを見ることができる。  それは、他人からすれば、他愛ないことなのかもしれない。しかし、比呂樹にとっては、唯一の生きる原動力となった。  スポーツ全般が苦手で、とくにうち込めるものもなく、そのぶん勉学にうち込むが、それとて、たいしてやる気があるわけでもない。  汐莉の笑顔を見るために、それだけが楽しみで日々を過ごしていた。  その笑顔を見ることは、もう二度とない。  永遠に……。  時は無情に進み続ける……。  どんなにあがいても、汐莉の笑顔に出逢うことはできない。  校門を抜け、比呂樹の足は、図書館に向かっていた。  そこには、汐莉もいないし、あの笑顔も存在しない。  それでも、比呂樹はそこへ向かう。  汐莉のいない世界……それこそが、比呂樹にとっての地獄そのものだった。
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