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「ねえ、麗香。新堂くん、今日のカテで大活躍したらしいね。放射線科で『将来有望な循環器内科医なれるだろう』って、噂になってるらしいよ~」
後から更衣室に入ってきた親友の亜紀が、ロッカーの扉の鏡を覗く私に声を掛けた。
「将来有望!?あんなの、ただの自信過剰よ。最初の頃は謙虚で可愛かったのに。どこでキャラ転しちゃったんだろ。完全に育成方法を誤ったわ」
「育成方法って。もうっ。ゲームじゃあるまいし」
長い黒髪を梳かす私の横顔を見つめ、亜紀は苦笑いを浮かべる。
「育成ゲームならいいのに。好きな時にリセット出来るから」
鏡に映る自分に向かってため息をつき、赤いルージュを引く。
「またまた~。何だかんだ言っても、本当は可愛い教え子だと思ってるんでしょ?確かにちょっと態度には問題あるけど…覚えは早いし器用だし。あと一ヶ月で研修期間が終わるのが、本当は淋しいんじゃないの~?」
冷やかすように私の顔を覗きこむ友人。
「まさかっ。やっと肩の荷が下りると思うと清々するわ。それに……」
スパッと言い切った後で、視線を落とし語尾を濁らせる。
「それに?」
「…私、年下のチャラチャラした男って嫌いなの。それで顔のいい男なら、尚更嫌いっ」
纏わりつく感情を振り払うように言って、ロッカーの扉を勢い付けて閉めた。
「そ、そうなんだ。…あっ、今夜も年上の彼とデート?」
「ええ、そうよ。正真正銘、将来有望な年上の青年実業家とね」
「そっか、さすが容姿端麗、頭脳明晰の麗香様だね。どんな殿方も射止めちゃう。バレンタインの夜。いっぱい楽しんできてね」
彼女は「ふふっ」と可愛らしく笑って、いってらっしゃいと軽く手を振る。
「うん。また明日ね」
深紅に染まる艶やかな唇を引き上げ、オレンジ色のバーキンのバッグを掴み親友に背を向けた。
可愛い顔した人懐っこい年下の男は嫌い。
怖いもの知らずで自意識過剰な年下の男が嫌い。
――――だって、
『アイツ』を思い出すから…。
凍てつくような二月の冷たい夜風が、頬を掠める。
私はマフラーに首を沈め、人の流れと共に街のざわめきの中に身を隠した。
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