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「…ねえ、先生の父親って一体何者?」
沈黙を破った、怪訝そうな彼の声。
「……そこまでは言うのやめとく」―――きっと、今以上に驚いて腰抜かしちゃうから。
鼻先で笑って、マティーニをコクンと飲み込んだ。
「何だよ~そこまで言っといて。だけど…先生って想像以上に面白いね。俺、全然怯まないよ。むしろ、ますます先生に惹かれる」
私を真っ直ぐに見つめる、好奇心だけとも言えぬ彼の瞳。
「なっ…、だからっ、あなたじゃ無理だって言ったじゃない。それに、私はあなたの指導医。そんな対象にはならないのっ」
熱を帯びた眼差しが私に絡みつき、捻た心を揺さぶろうとする。
「俺は、あと一ヶ月で先生の生徒を卒業だよ?」
「それでも同じ。研修期間を終えたって、エスカレーター式にそのままうちの病院に流れるんでしょ?循環器は特にそう。立場は何も変わらないわ」
身体が熱い…
早まる鼓動と体の火照りは、きっと度の強いカクテルのせい。
なら、このとりとめのない感情はなに?
迫り上がってくる感情が抑え切れなくて、どうしようもなく胸が痛い。
「…俺は、今いる病院には戻らないよ」
「えっ?……」
「研修医を終えたら行こうと決めた場所がある。だから、先生から指導を頂けるのは、会えるのはあと一ヶ月…」
あと一ヶ月?
私の手から離れても、当然のようにまた病院か大学のどこかで顔を合わせるものだと思ってた。
なのに……
「…どこに行くの?」
小さく震える唇から声が落ちた。
「…その前に。相川先生、俺に研修医卒業試験をして下さい」
「へ?卒業試験?」
予想外の返しを受けた私はきょとんとして、目に光を走らせる彼を見る。
「最後のPTCAは俺に先生の助手をさせて下さい。それが合格点なら、俺に卒業祝いのプレゼントを下さい」
「卒業祝いって…」
「単刀直入に言います。俺はあなたを抱きたい。一度でもいい、この手であなたを抱きたい。…ずっと、そう思っていました」
「なっ!?何を言って…」
「俺は、この一年間であなたから学んだ知識、技術を使って全力投球します。その日の夜、俺はここであなたを待ってます。合格点を貰えることを祈って。…来るか来ないかは、あなたが決める事です」
目をまん丸くし声を飲む私を見つめ、言い終えた彼は目尻を下げニッコリと笑った。
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