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部屋の中心には、ブルーのシートが掛けられた患者がライトに照らされている。
今から行う処置はPTCA(経皮的冠動脈血管形成)。狭心症や心筋梗塞で細くなり閉塞された心臓の血管にカテーテルを入れ、血管内で風船を膨らませ血流を改善させる治療だ。
治療を受ける患者を取り囲むのは、ブルーの検査着を身に付けたドクター三人と二人のナース。そして、硝子一枚隔てたモニター操作室には放射線技師が二人、固唾を飲んで造影のタイミングを待ち構えている。
「新堂くん、ガイディングカテーテルを頂戴」
私は患者の皮膚に視線を置いたまま、先端に血液の付着したメスを彼に差し出した。
「はい」
彼はメスを受け取り、開かれたその手の上に挿入するカテーテルを瞬時に乗せる。
「照明落として。造影剤注入準備」
「はいっ」
指示を受け敏速に動くスタッフ達。
造影剤が注入される瞬間、モニター画面に皆の視線が集中する。
耳に届くのは、等間隔に打つ心拍音と甲高く響き渡るアラーム音。
「バイタルは?」
「血圧194の108。心拍122」
「降圧剤5CC送って。120前後でキープ。…新堂くん、狭窄部位分かる?」
カテーテルを保持する彼に、マスク越しに小さな声で囁く。
「ええ、1…2…3…三か所ですね。一か所は完全に閉鎖されてます」
モニター画面に映し出されるモノクロ映像を見つめ、彼は眉間に縦ジワを刻んだ。
「ええ、そうね。バルーンの拡張はあなたに任せる。その位置までの誘導、勿論できるわね?」
「えっ…僕が!?」
彼は大きく目を開き、私に視線を落とす。
「造影中はモニターから目を離さない!」
「は、はいっ」
「…大丈夫よ、あなたならできる。この一年間で私から吸収した知識と技術を全力投球するんでしょ?その瞬間に弱気になったら負け。私が横でサポートする。自分の力を信じなさい」
「……」
「どうする?少しでも不安が過るならならこのカテは渡さない」
私は黒く映し出される血管の狭窄部位を睨み付けながら、厳しい口調で彼に言う。
「俺を誰だと思ってんですか?循環器内科トップの心カテ職人、相川麗香先生の教え子ですよ?微塵の不安もありません」
彼は得意げにそう言うと、目を輝かせ私の手に握られたカテーテルに手を添えた。
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