待ってましたクリスマス

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ガリ勉くんの好感触に、美沙は、今日のために美容院に行ってきて良かったと思った。 「ケーキ、大きくない?」 「これは店の方で手違いがあったらしくて、値段は変わりませんでしたけど、大きいサイズがもらえました」 「へー、そうなんだ。ラッキーだね」 食べきれるかなぁ、と美沙は彼からケーキを受け取りながらぼんやりと考えた。 そのままそれを冷蔵庫にしまう。 キッチンには下準備の終わった材料などが並んでいて、もういつでも食事の準備ができそうだった。 美沙は印刷されたクックパッドのレシピをガリ勉くんに気付かれないようにゴミ箱に捨てた。 ガリ勉くんはかじかんだ手をヒーターで温めながら、着ていたコートを脱いだ。 美沙はそれを慣れた手つきで受け取って、ハンガーにかける。 彼女のその動きにガリ勉くんはなんとなく胸の奥でうずきを覚えたけれど、何も言葉にはしないでおいた。 別に、いま言うことじゃないだろう。 「お茶、淹れるね」 「すみません。いただきます」 キッチンの方へ美沙が引っ込む。 ガリ勉くんはぶらりと所在無い様子で、居間をぐるりと歩いた。 どこにも埃が被っていないし、掃除が行き届いていた。 リモコンからクッションまですべて綺麗に並んでいるところから見るに、今日のために片付けたのだろう。 五分とせずに美沙が戻ってくる。 両手で支えたプレートの上に、ティーカップが二つとポットが乗っている。 彼女がカップに紅茶を注ぐと香りづいた湯気が立った。 ガリ勉くんはカップを受け取って口をつける。 ベルモットの香りが鼻に抜ける。 「おいしいです。ありがとうございます」 「種類は私の好みだけど」 「気に入りました」 テーブルの上に視線を移すと、一冊の文庫本が目に入った。 「銀河ヒッチハイクガイド、読んだんですか?」 「うん。面白かったけど、規模が大きすぎて収拾がついてなかった感じ」 「ストーリーというよりは世界観を楽しむ作品って見方もありますね。一応、続編もあるんですよ」 「読まないと思う」 「僕も読んでないです」 ふふ、と二人で笑って、自然とソファに腰を下ろす。 今から調理をはじめても食事の時間には早い。 少し時間があった。  
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