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元日の話
「眠いんで帰りたいんですけど」
「年越しくらい夜更かししようよ」
「初詣は日が昇ってからでいいんじゃないですか?」
ガリ勉くんが不満そうに漏らす。
深夜だというのに辺りは騒がしく、まったくお祭り騒ぎが好きな連中だと思った。
出店屋台まで出ていて、美沙は浮かれ気分でたこやきを頬張っている。
「おせちが食べられなくなりますよ」
「大丈夫。おせちは別腹だから」
「そんな人はじめて聞きましたよ」
「たこやきも別腹」
「胃袋がいくつあるんですか……」
美沙の言い様にあきれながら、ガリ勉くんは初詣の行列に並んだ。
すでに除夜の鐘は鳴り始めていて、五十回は超えただろうか。
百八の煩悩を消し去ると言うが、目の前で煩悩の塊みたいな少女が元気よく生きているのを見ると、除夜の鐘の効力はあまり信用できない。
「ウサミミさんは初詣で何をお願いするんですか?」
「言わないよ。人に教えると叶わなくなるらしいし」
「なるほど。僕はウサミミさんと今年も楽しく過ごせますようにって願いますね」
「嬉しい!けど!叶わなくなるって今、言ったよね!?」
ははは、とガリ勉くんは愉快そうに笑う。
美沙は頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべていた。
「本当の願いごとは言いませんよ」
「さっきのが本当の願い事であってほしかったんだけど」
「まあまあ、いいじゃないですか。僕の願い事なんて」
行列が前に進む。
「五円玉持ってる?」
「持ってませんよ。何ですか、御縁とかけて五円とか入れるつもりなんですか」
「違う、たこやきの串でトゲが刺さった」
半ベソの美沙にガリ勉くんは溜息を吐きながら、五十円玉を取り出して彼女の手を取る。
まったくそそっかしい人だ。
患部を中心の穴に当てて、ぐいっと押し込むと、トゲ浮き上がって指から抜けた。
「この五十円玉はあげます」
「え、マジ? やったー」
そうしている間にも行列は進み、二人の番がやってくる。
ガリ勉くんは適当に取り出した賽銭を放って、手を合わせた。
宇佐美美沙が、なるべく早く自分を忘れられますように。
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