第1章

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朝の少し冷やりとする空気の中、石畳のなだらかな坂をのぼる。 起きぬけの全身の軋み具合は半端じゃなかったけど、のんびり歩いていたらかなりマシになった。 焼きたてのバゲットの端をかじる。 フランス人はこの固い端が一番おいしく感じるらしいのだが、オレにはよくわからない。 パリッと焼けた皮とふわふわの中身を一緒に食べるほうがおいしいと思う。 『もし明日の朝、ラリーが起きた時に俺が寝ていたら、絶対に起こしてくれ』 寝る直前に奏はオレに言った。 触れたら切れそうなくらい真剣な眼差しだった。 あの朝、オレがいなかったことが、トラウマになっているらしい。 その点に関しては、心から申し訳ないと思う。 まさか、あんな風に奏がオレを捜し続けるとは思っていなかったから。 コンサートホールで初めて見かけたときの衝撃を思い出す。 たった一度、数時間しか一緒にいなかったのに、遠目でもすぐに奏だとわかった。 心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じて、すぐに隠れた。 二回目と三回目に見かけた時は、遠くから奏の様子を窺った。 気づかれないように、細心の注意を払って。 そして、彼がオレを捜していると確信した。 途方に暮れるのと同時に、心のどこかで喜びを感じた。 自分が誰かの心にそんなに強い印象を残すなんて・・・・ この容姿で得したことはほとんどなかった。 男なのに、女性のような顔立ち。 男性にはからかわれ、女性には敵視されることも多かった。 容姿に惹かれて寄ってくる人間は男女問わず特異な性格をしていて、恋愛関係どころか友人にさえなりたくなかった。
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