第1章

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きゃっ!? きゃっーーーーーーーー!?」 今度は悲鳴が出た。恐れていたもの二つに挟まれて、ついにつっかえ棒が外れ心の底にわだかまっていた恐怖が吹き出す。 男はボロボロのジャージに古いタオルを首から下げて、片手には草刈りの鎌をユラユラと揺らしていた。草刈りでもしようしているおじさんかもと普段だったら思うかもしないけれど、こんな雨の日にやることじゃないし、べったりとふけのこびりついた頭は油と雨粒でテカテカと光り、落ちくぼんだ瞳には真っ黒に染められ、こちらまで聞こえてくる荒い吐息が私に警鐘を鳴らす。この男は先生が言っていた通り魔だ。 男がニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。私の悲鳴聞いたからだろうか、それとももっと別の理由? と、尋ねることできず私はただ、そこに立ち尽くすしかない、恐怖が身体を支配し、動けない。 どうしていいのかわからない、怖い、助けて、声にならないで魚のように口がパクパクと動くだけの人形になり果てていた時だった。私の真横を誰かが走り抜け、草刈りの鎌を持った男に果敢にタックルした。 不意をつかれた男がよろけるけれど、それだけだ、すぐに押し返し大勢を整える。ビシャッと雨粒が飛び散り、雨合羽の少女が地面に転がっていく。 男は気にした様子もなく、足を動かす。私はここにきてやっと動く、いや、動くというより立っている行為をやめて、その場に座り込んだ。もう、立っている余裕すらなかった。 恐怖に支配された身体はただ、嵐を過ぎ去ることを待つ小動物のようにガタガタと震えることしかできない。 立って、と、声が聞こえた。小さくか細い小さな声が聞こえ、雨合羽の少女が立ち上がり私の手を掴む。ひどく冷たい手だった。温かさのないその手は雨に濡れ続けた後のようにひんやりしていて、青白い肌からは生きている人の褐色を感じられない。 立って。逃げるよ。そう聞こえたきがした雨合羽の少女に片手を掴まれ、半ば強引に立たされ、がむしゃらに走る。 雨合羽の少女のフードが、走っているうちにめくれて顔があらわになった。短く切りそろえされた髪はなんとなくお団子をイメージさせ、額から真っ直ぐ真横に切られた前髪、どんよりと濁った瞳、そして彼女の鼻から下、そこから先がブラブラと揺れていた、顎がない、ハンマーで潰されたようなその口を彼女は必死に動かして、声にしていた。 声は喉の奥からヒューヒューと、
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