第1章

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小さな呼吸だけで、声になってはいない、じゃあ、さっきから聞こえて来た、この声は何だと思うが後ろから走ってくる通り魔が気になって、考える余裕もない。雨合羽の少女は、振り返ることなく走りつづけ、強く握りしめられた手から何か昔の記憶のような物が流れ込んでくる。 きっかけは些細な喧嘩だった。仲良しだった友達にお気に入りの黄色い雨合羽と長靴をバカにされたことが悔しくて喧嘩をしてしまった。その日の帰り道、明日、どうやって謝ろうと考えていると、金槌を持った大きな男と遭遇した。 言葉はなく、一瞬の出来事だった。ガッと振り下ろされた金槌が私の肩を打った。痛みで転んだところを叫び声があげられないように金槌の一撃が、顎を砕いた。歯や舌、歯茎が金槌の一撃でグチャグチャの肉塊に代わり、全身を走り抜ける激痛が身体をひどく痺れさせた。 涙が溢れ、手足が実験中の蛙のように痙攣する。砕かれた顎からは悲鳴にならない声が漏れた。男の卑猥な笑みが私を舐めまわし、雨合羽の中に包まれた身体に向く、いやっと叫びそうにも声は出ない。男のいやらしい手が小学生の未発達な身体を撫で回し、舌がへそをなめる。 全身を嫌悪感が走り抜けて、じたばたと手足を動かすと、男は私の右腕を金槌で叩きつける。抵抗する意志が根こそぎ奪われて雨の中で男ガ、下半身を露出したあたりで彼女の意識は途切れた。 それからは激痛と感じたことのない感覚による違和感、身体の中に何かがそそぎ込まれる感触と男の荒い声しか聞こえなかった。雨粒が身体を濡らし。そして、最後、行為を終えた男が私に雨合羽を着せるとその真上から金槌を振り下ろした。 内臓が潰れ、骨が露出する。突き破った骨は肉を破り雨合羽を真っ赤に濡らした。雨粒と一緒に赤い血が広がっていく。黄色い、雨合羽ガ、赤く、アカク、赤く染まってイク。 ガクガクと、けいれんする意識を手放すこともできず、彼女はゆっくりと死んでいった。 歩みを止めなかったのはほとんど奇跡に近かった。それが雨合羽の少女の記憶、彼女が雨合羽の少女となるきっかけの記憶だとわかっていても私はほとんど無意識に足を動かしていた。 それからの彼女は幽霊として、この地に止まった。帰る場所も、行く場所もなく、名前も忘れ、存在すら希薄となって、身体に治ることない傷を残して彼女は雨合羽の少女になった。 雨の日になると、帰る家を求めるように歩き回る
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