第1章

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どこにも帰ることができず、ただ、同い年の名前も知らない子供達の声を聞いている時だけが彼女の安らぎだった。自分のこの姿を見られればきっと怖がらせてしまうとわかっていたけれど、寂しくて、悲しくて、擦り切れた魂となっても誰かに寄り添っていてほしかった。友達にごめんねと言いたかった。 だから、彼女は見逃すことができなかった。自分と同じ末路を辿る子供達がいるかもしれない、理不尽で不条理な大人の歪んだ悪意に襲われる子供達がいるかもしれない、それは絶対に許せないことだった。 子供達はなにも悪くない、大人の悪意に襲われる彼らは皆、無力なのだから。 自分に何ができるだろうか、何をしてあげるだろうか、幽霊の自分では生きている人間に干渉するのはひどく難しい。できてもほんの少し足止めする程度だ。 小さな勇気だけでよかった。ほんのちょっとの頑張りさえあればよかった。顎が潰れた自分には助けを呼ぶことはできないが、自分にはこの姿ある。雨合羽の少女となることで、子供達に警鐘を鳴らすことができる。 雨合羽の少女から、私に向かって思念のような者が流れ込んできた。たぶん、あちらもそうなのだろう、彼女はフードをかぶり直すと軽く首を横に振った。そんなこと思う必要ないよと言うように、 きっかけさえなければよかったんだ。友達と喧嘩しなければ、あの日、通り魔と出会わなければ、ほんのちょっと時間がズレていれば彼女は死ぬことはなかったのにと気持ちが彼女に伝わっていく。 全て手遅れなのに、頬に流れる涙は止まらない、私だって同じ末路を辿ろうとしてるのに握りしめた手に力がこもり、そして、ザクッと右肩に激痛が走った。 雨合羽の少女が見えてはいけないと首を激しく横に振るでも、見てしまう、右肩に草刈り鎌が深々と突き刺さっているのが溢れ出す鮮血が足を止め肩を伝う血が真っ赤な水溜まりを広げた。 パシャ、バシャと足音が聞こえ、あの男が現れた。 雨合羽の少女が立ち尽くす。顔は見えないでも周囲にどす黒い何かが集まっていく。ダラリと広げられた両手がワキワキとひとりでに動く。 声にならない咆哮があった。怒りに震える慟哭があった。あの男には見えていない、痛む右肩を抑えて私は彼女を引き留める。 ダメ、貴女はそういうことをしたらダメ、心の中で必死に叫んだ。彼女にきっかけを与えてはダメだ。きっと戻れなくなる。 彼女を殺した男と同じになる。
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