2人が本棚に入れています
本棚に追加
初めて、この部屋に通された時、誰もがはきっと、狭苦しい場所だと思うことだろう。置かれているのは机が二つと椅子だけ。その内、一つは記述をするために使われているので、実際は一つの机を使うことになる。
互いに向き合って使う。いつかの刑事ドラマで見た光景であった。格子が填められた窓は換気に開けることはできるが、普段は開かれることはない。外部に取り調べの声が漏れてしまうからだ。
「ふー」
夕海警察署第一捜査一課所属、安田貞治(やすだ さだはる)は口にくわえていた煙草を取ると煙を吐いた。若い刑事の彼と向かい合うようにして女性が座っていた。ショートヘアの美しい黒髪のである。彼女は夕海高校の制服を着ていた。夕焼けをイメージさせる黄色とオレンジを混ぜた色の襟と袖、それにスカートがその特徴である。二十年以上前から夕海高校で使用されている伝統ある制服。平成元年を迎え、九十年代に新調されたもので、昭和のイメージを持たせつつも近代の要素を取り入れた制服で二十年以上経った今でも、生徒の間では評判は上々である。
女性は煙草を吸う貞治を無言のまま見つめていた。
ずっと、女性はこの調子だった。無言のまま、煙草を吸う貞治を見据えているだけ。
「いい加減、話してもらえませんか?辻明日香さん・・・」
貞治は煙草を灰皿に押しつけ火を消すと、改めて自分と向かい合い座っている女性、辻明日香(つじ あすか)の名前を呼ぶが、彼女は口を開こうとしない。
明日香に感情があるのかと、貞治は時々、想ってしまう。かれこれ、数時間にも渡る任意同行による取り調べをしてるというのに、彼女の顔には疲労が見えなかった。
しかし、妙な話である。夕海高校はどこでもあるような普通の高校。そこに通う女子高生を長時間に渡り、取り調べを行っているというのも。本来なら、少しの取り調べで帰されるはずなのに。何故、明日香を長い時間をかけ、取り調べしているのか、それにはちゃんとした理由が存在していた。
「すでに、調べはついているんですよ」
貞治は焦る気持ちを抑えて、取調室のデスクに透明な袋に入れられた夕焼け色の学生証を置く。それが単なる落とし物のであるのならば、ここまでの取り調べなどしないだろう。
最初のコメントを投稿しよう!