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階段の下に、兄が立っていました。
「……繊月じゃあないの」
「……どうも、かあさん」
「駄目よぅ、年頃の娘を電車に一人で乗せるなんて。しかもおぼろはこの町初めてなんだから」
「あなたに似てる子をどうこうするやつがこの町にいるとは思えませんね」
「……それもそうね」
ぽん、と母に背を押されました。帰れ、と。
カンカンカン、と甲高い音を立てて階段を降りました。次、不安定な段。
足を乗せたらぐらりと揺れましたが、立てないことはありません。
「かあさん」
「……なに」
「流石に、花嫁さんは嘘ですけど」
ちらり、と振り返ったら、やはり母は女神のようにうつくしく。
「わたし、は、夢を見ますよ」
「……ええそうね、あなたは、夢を見なさい。あたしは見ようともしなかったけど」
「あなたの分まで見ますよ、って言ったら駄目ですかね?」
「あなたの人生よ」
斬りつけるような、鋭い声。
「あたしに縛られたら、駄目よ」
「……そうします」
カンッ、と次の段。ぎぃっ、と背後で五段目の段が元に戻る音がしました。
「おぼろ、帰ろうか」
「ええ」
気付けばもう暗くなっていました。ああそう言えばなんでここまで来たんでしょう。告白。恋情。愛情。世渡り。きっと母はわたしよりそんなことをたくさん知ってるのでしょう。今日、聞けたら良かったのに。
ああ、そうか。
「―――かあさん!」
「……おぼろ?」
兄の訝しげな声は無視しました。そう言えば、兄の声を無視したことなどないことに気付きました。ふふ、と笑いたくなりました。反抗期。ふふ!
「また来ますから、あなたがくれた服を着て!だから、」
だから、
「またコーヒー、くださいね!」
ぐしゃっ、と髪の毛がかき混ぜられました。兄。なんだか一つ階段を登ったようなのに、まだ子供のような扱いでした。
「帰りましょう、にいさん」
わたしたちの町へ。
夢を、見るために。
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