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渡されたタオルから柔軟剤のいい香りがする。髪も服もびっしょ濡れで、タオルで拭く程度じゃ服の濡れ具合はたいして変わらない。居間に入るのが躊躇われたが、玄関で立ちっぱなしでいるのも寒く辛かった。
恐る恐る足を踏み入れた暖かいリビングはきっと床暖なのだろう。足元からふんわりとした暖かさが広がっていた。汚さないよう、フローリングの隅に腰を下ろし部屋の中を眺める。15畳ぐらいの広さで、大きなテレビと熱帯魚、黒い革張りのソファーの横に観葉植物。絵に描いたような、ごく普通というより少し裕福な、いわゆる中の上の暮らしが垣間見える。
「ホットミルクとココア、どっちがいい?」
キッチンから聞こえる奥寺の問いに俺は「ココア」と答えた。すぐに奥寺は湯気の立つマグカップを2つ持って居間に戻ってきた。俺を見るなり肩を震わせて笑う。
「なんでそんな端っこにいるんだよ、ソファーに座ればいいのに」
「濡れてるからいいって」
「ああ、じゃあ風呂入ってから俺の服貸すわ」
「…ん、ああ、じゃあ借りる」
マグカップを差し出し、奥寺は俺の目の前に腰をおろした。
「はい、どうぞ」
「悪い」
「いや、俺の方こそ、雨の中プリント持って来させて悪かったな」
マグカップの湯気越しに見える奥寺の顔が近い。なんでこんな近くに座っただろう。俺は目線のやり場に困っていた。昨日の今日だ。いやその言い方もおかしい、いつも会えば体を重ねる俺たちが、こんなに近い距離で何もしないなんて初めての事かもしれない。それだけ俺たちのつながりは本当にセックスしかなかった。
「今日さ、親居ないし、暇だし、泊まる?」
そう言って奥寺はマグカップを床に置いた。
ああ、なんだ結局いつも通りか、それならそうで構わない、いや好都合だ。やっぱりそれが目的で奥寺は俺を家に呼んだのか。そう俺は受け取って、ホッとしたような、がっかりしたような不思議な気持ちになった。
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