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始めはそんな総司を場に相応しくないと陰で罵っていた者も、戦況が悪くなればなるほど無邪気な笑顔を見せる彼が暗い空気を払拭してくれている事に気付き、次第に慕うようになっていった。
だが、それは場を和ませてくれる一面だけを見ての事ではない。
鳥羽・伏見の戦いに始まり、徐々に東へ、北へと追いやられるにつれて着物に袴、そして髪を高い位置で結い、腰には刀という従来の武士の姿を捨て、鉄砲を扱いやすい洋装に服を改め、髪を短く切りそろえる者が増える中、ここに来ても総司は頑なに着物に袴の姿を守り続けた。
周りが鉄砲を扱うようになっても得物は刀のみ。
頑として鉄砲の撃ち方を学ぼうとはしなかった。
「鉄砲になぞ遅れはとりません」
その言葉通り、蝦夷に来て初の戦となった松前藩討伐の際もいつもの調子で先頭をきって敵の鉄砲隊に突っ込んで行ったくせに、少しのかすり傷をこさえる程度でけろりとした顔で帰って来た。
だから、誰も総司の身なりや戦い方に文句を言う者はいない。
総司にとっては鉄砲の知識を得ることは余計な事であり、自分の剣技以上に信ずるに値する物ではないのだろう。
「矢やクナイなどの飛び道具と比べれば幾分か速いとはいえ、鉄砲玉も消えるわけではありません。飛んで来る物は良く見て避ければいいだけの事です」
ある日、どうやってあの鉛玉の雨が降る中に飛び込んでいつも平気な顔をして帰って来られるのかと聞いた新選組の新兵に総司はそう答えた。
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