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「そうだねぇ……犬君さ。報酬いらないなら、忍び名乗る必要ないじゃないか。単純に、『依頼』を『踏み台』にしないと勇気が湧かなかったんだろ?情けないねぇ、弱虫」
誠一郎の子供っぽすぎる、おちょくるような言葉は、とても的を射ていた。しかし、最早わしの心は浮かべない場所まで堕とされていたので、誠一郎を相手にせずにその場を去った。怒りすら微塵とも感じなかったのに、手が震えていた。
自室に戻って、その封を開けなおす。
文字は、すこし幼げだったがとても丁寧なものだった。一角、一角が美しい。それだけに恐ろしい怨念を、宿しているように感じた。だがその怨念は不快を呼ばず、わしの心の友となり、闇の中に住み着いた。
『拝啓、山城さま。
先ずは要望を言います。鹿屋盛行を殺してください。
報酬は私の命でも。体でも。残念ながら我が家の財産は切迫しているのです。
彼は私の夫を殺しました。許すことができません。細かな話は、三月八日に高嶋家の屋敷にていたします。
敬具、高嶋リツ子』
その後に続く住所を流し読み、わしは「こりゃあ門前払いで当然だ」と愉快に独りごちた。わしら忍び一門が欲しがるのは、金だ。財産だ。出す相手を間違えているのではないか。しかも、こちらの都合を一切合切考えていない。何故山代の忍びを選んだのかは謎だったが、恐らく親族のうちの何者かがうちと関係を持っていて、それだけを当てにしたと思ったほうが良いだろう。何より、相手は恐らく齢十六か七くらいの子供だし。一家の中で権力を持っているとは考え難い……現に持ってないからこういう報酬の提示の仕方をしているのだろう。
(だが、殺意によって、報酬は既に支払われている)
わしの怨恨に染まった心は、この同胞の少女に対して寛大であった。
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