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 ───二週間が過ぎた。  わしは、大まかな準備を済ませて宿舎に荷物を置き、同じ東京都内の高嶋氏の屋敷を訪ねた。 「高嶋リツ子様に用があるのですが」  これを聞いた門番は目で「不審な男だね」と言っているが、黙って電話を用いて高嶋リツ子に確認を取る。  直後に門番から不審さを疑う態度が消えた。 「さぁ、どうぞ。従者がこの庭を真っ直ぐ突っ切ったとこにある玄関で待ってますので」 「ありがとうございます」一体彼女はどんな言い訳をしたのだろう。  開いた門の間を歩きながら、わしは不安になってきた。玄関から出て来てこちらを見つめる従者の老人が、西洋風の正装をバッチリきこなしている。はたして袴で来てよかったのだろうか。走って玄関まで行ってしまおうか、少しでも待たせるのが億劫になってきた。しかし走れば下品かもしれない……と思っている間に、老人の前に到着してしまった。こんなに、暗殺前の会合でどうしようもない事に不安になったのは、多分初めてのことだった。 「初めまして、山代ケンといいます」  誠一郎から与えられている偽名を用いる。山代『犬』とかけているのは分かっているが、気にしてはいない。というか、気にしたら負けだ。 「こちらこそ初めまして、奥様の執事を担当しております、森野一郎です。さあ、お上がりになってください」 「失礼いたします」  自分の一言一言がいやに硬かった。  洋風の豪壮で煌びやか、かつ広い玄関は二階まで吹き抜けになっていた。その天井にはなんと、シャンデラがある。わしは、このシャンデラというものに慣れない。今にも落ちてきそうで、怖くはないのだろうか。  その玄関の壁に沿う様に設置された階段を、二人であがって行く。この階段だけで家を一件買えるのでは、と思った。 「驚きましたか?」  不意に森野が話しかけてきた。 「ええ、想像以上に豪壮ですね」 「ですが見た目だけですよ。亭主であり紡績業を影で支えてきた、高嶋重晴(たかしましげはる)が何者かに暗殺されてから丸一年が過ぎた今、最早この家も売却を考えるまでになってしまいました……折角奥様の旧友をお迎えするのに、大したものもお出しできそうにもなく、申し訳ありません」
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