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夜は冷徹だった。
わしは今、人様の屋敷に侵入しているのだが慣れてしまえば造作もない。豪壮な廊下を堂々と歩き、最後に標的の寝室に突き当たる。
椅子に腰掛ける見張りの者────二人の顔の表情は、建物内であるせいで月夜の光が差し込まず、見えなかった。多分、今、目があった。彼らの表情は驚きだろうか、恐れだろうか。使用人だと思われているのかもしれない。わしはえも謂(いわ)れぬ加速で二者に迫り、先ずはシルエットから戸惑いが見られる右の者から難なく、短刀の抜刀ざまに首を狩り屠る。
左の者も、確かな異常をあっと言葉で表した時には既に切られていた。一瞬、光の無い液体を首から噴出するのを彼の右手が抑えようとしたが、傷口に触ることなく、こときれた。
人生への後悔の間を与えなかったのは、雀の涙程のわしの優しさだ。死人の顔は、夜の闇に遮られみえやしないが、知ったことではない。それらの表情は決まって険しくも、死にゆく状況への疑問に満ちているだけだ。
彼らはここで死んだ。それは運がなかっただけだ。その悲運を一度だけ憐れんで、わしは静かに短刀を鞘におさめ、標的の寝室に入る。
いかにも剛胆そうないびきが波のように押し寄せてきた。その寝様に、安心からか、はたまた見えぬ恐れからか、傲慢さが垣間見えていた。
足音を殺して近づき、懐から口径の大きな銃を取り出す。それを、立派に口髭を蓄えた睡眠中の老人の頭蓋に向けた。────途端に、急激に、心の燃えるような我執が、わしを絡め取って奈落に突き落とそうとしていた。腕が、脳までもが震えた。
(この豚の様に太った男の安らかな寝顔を見ると、今にもひもじくて死にそうな人々の姿が思い浮かぶ……じわじわといたぶってやりたい)
しかしわしは激しく首を横に振って、ため息を漏らして、気持ちを落ち着ける。理性によって煩悩を無理やり振り切った。深呼吸が苦しい。そのうち、腕の震えが止まった。
「まあ……長者は長者らしく良い夢を」
手向けの言葉を呟いて、わしはまるで何処かで叫び声を上げる何かを無視するかのように、無造作に引き金を引いた。
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