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「標的は誰です?」  老いを知らないようなこの齢三十前半の優男は、形の良い眉を悪戯っ子のように釣り上げて返した。 「紡績業の神・鹿屋盛行……君にとってこれほど最高な仕事は無いんじゃないか?」  ────その名を聞いた瞬間、わしは全身に稲妻が走り、燃えるような錯覚を憶えた。と思えば、叫んでしまっていた。 「本当か!?」  誠一郎に掴みかかる。彼は、涼しい顔で笑って返す。わしは、内に修羅が沸き起こるのを憶えた。身体中が震えていた。兄が死んだ当時の大蔵大臣候補にして、生産業の隆盛によって間接的に貧富格差の増大のきっかけとなった男。彼を、殺せるというのか。 「もちろん本当だ……たーだーしっ。君がこの家にいなければ門前払いの依頼だった。危険すぎるし報酬が釣り合わん、故にこれは君個人の問題だ、君が決めろ」  相変わらず嫌な男だ。尻が軽そうな割りにそういうところだけしっかりしてやがる。ヘラヘラ笑っていて、何を考えているのかも分からない。しかし、そんなことが問題にならないほどにわしは興奮の海の中にいた。 「やる、わしはどんな見返りだろうとやってやる、あいつを殺すんだ」 「報酬はもはやいらない覚悟ねぇ……俺の見たてでは、今回で君は死ぬ。それほど危険だ。確実にね。それでも?」 「死んでも討つ」 「……わかった、契約は俺が手配しておく」  誠一郎はさらりと承諾し、自分の部屋に消えて行ったと思えば、一枚の文を持ってきた。 「依頼者の手紙、読んでおけ」 「わかった」  たかが紙一枚、しかしわしの手にそれが収まった瞬間、それが何万倍もの重量の重石に変貌する。重石は精神の海に浮かぶわしの心に絡みついて沈ませる。深く……深く……光が失われていく世界で心は、暗闇と同化した。わしの様な復讐者の心が放つ黒い炎は闇の中で光ることも、その熱量で陽炎となることも叶わない。ただただ自らの黒い灼熱が、そとも闇を照らす輝きが、その重石(憎しみの根源)を焼き絶つまでは、心は解放されないのだろう。  わしの手に、その手紙は幾多のシワを作るほどに絡みついていた。まるで、これが宿命であるとでも言う様に。それは『destiny《運命》』などという神秘めいた美しいものではなく、『fate《運命》』────魔の手の導きでしかなかった。
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