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「おや。」
「あら。」
倖花町のメインストリートともいえる商店の並んだ通りで、二人はばったりと鉢合わせる。
「…こんにちは。」
何事もなかったかのように会釈をして去ろうとする女の背中に、男…春門は問いかける。
「ソリがあってないらしいじゃないかい。やっぱり割り切れないモンなのかい?」
「…合う合わないの問題じゃないです。それにあの人、私に寄り付こうともしないもの。」
少し間をおいて口を開いた紗英の言葉に、春門は咥えていた棒飴をパキンと噛み砕く。
「アタシと会ったときもそうだったけどさ、お前さん…ちったあ笑ってみたらどうなんだい?そんな湿っぽい顔してたら、そらあの能天気だって…」
「笑うって、何ですか?」
「!」
茶化すことも怒ることもない、静かなトーンで呟かれた紗英の言葉に、春門は深くため息をつく。
「まあ、折角つけた『渡り』だ。無駄にしないでおくれよ。」
「分かってます。それじゃぁ…」
小さく会釈して去っていく姿を見送りながら、春門はまたため息をつく。
「どっちもどっちってぇ事かい。ホント、難儀な縁だねぇ…」
吐かれた息と言葉は、誰の耳に届くこともなく、宵闇の帳が落ち始めた空に、静かに溶け込んで行った。
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