10人が本棚に入れています
本棚に追加
「そやし、それはあんさんのわがまんまにゃろ?」
「だね。お紗英さんにゃ、何の咎もないね。」
「ったく、変な所で堅物だねぇ。お前わ。」
「…………」
一斉に浴びせられた非難の声に、優護は不貞腐れる。
倖花町の外れ、神田町に近い丘の上に佇む『倖花稲荷神社』
古くから芸事や商いの神を祀るその社は、人々の信仰と憩いの場所として親しまれ、天気のよい日は、多くの町の衆が輪を作り、趣味や雑談に興じる姿が見られる。
拝殿近くの賽銭箱に陣取る優護を囲むのは、倖花一の大店(おおだな)である呉服屋『箕屋(みのや)』の主人『正次郎(しょうじろう)』と、倖花稲荷神社の宮司を務める『菊和(きくわ)』。隣の神田町の敷島稲荷神社で神主をしている『春門(はるかど)』である。
「…いきなり押し掛けてきた上に、弟子にしろって言われて、納得なんてできるかィ。」
口を尖らせる優護に、狐のような面差しをした正次郎は溜め息を溢す。
「ガキやなー。」
「なんだって?!」
声を上げる優護に怯まず、正次郎は更に続ける。
「ガキにガキ言うて何が悪いん?」
「だから、なんで俺がガキ呼ばわりされないといけねぇんだっ!」
「そやし、世間さんには色々、事情言うもんがあるんや。多くを聞かず黙ぁって受け止めんのが、大人言うもんやないの?」
「だからって…」
「なんだい。そのお紗英って女(ひと)、そんなに嫌な人間なのかい?」
「誰もそこまで言ってねぇだろ春門。第一、嫌もなにも、殆んど話なんてしてねぇし…」
最初のコメントを投稿しよう!