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―――仲之町の桜は散り、目にも鮮やかな青葉が道に黒々とした影を描く。
窓を開け放てば、湿り気を帯びた新緑の香りが鼻をつき、春乃は頬を僅かに弛ませて、軒先に正次郎が持ってきた桃色の風鈴を吊るす。
部屋の奥では、その正次郎が春乃の打ち掛けを引っ掛けて、菓子盆に乗せられた羊羮を頬張っていた。
「じゃあ優護さん結局、あれからまだ?」
「せや。もうあかんわ。強情言うかへそ曲がり言うか…ボクや菊和はんがなんぼ言うたかて、何が気にいらんのか、聞く耳もたずや。」
「あらまあ…」
小さく笑って膝を畳むようにして座ると、正次郎の頭が当然とばかりに太股にやってきたので、春乃は黙って、短く切り揃えられた正次郎の散切り頭を優しく撫でる。
「きっと優護さんには、優護さんなりの考えがあるんですよ。しばらく、そっとしておいてあげてはどうです?」
「そんなん…分こてるて。それよりなぁ、考えてくれたか?あの話…」
その言葉に、春乃は僅かに身を固くする。
緊張を気取ったのか、正次郎は黙って彼女の手を優しく握る。
「先日も言いましたでしょ?私には、無理ですよ…」
「せやかてお前、こないだも熱出して寝込んだやないか。それにもう、耐えられへん。お前が…他の男にええようにされんの。もう、そないな痣も…見たないんや。」
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