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首筋に真っ赤に咲いた情交の痕。それは、遊郭の女の証。
自分が帰ってしまえば、彼女は見ず知らずの男に金で花を買われ、されるがまま…床を共にする。
それが廓女、色街の商いだと分かっていても、目の前にいるのは愛した女。
手元に置いて、自分だけを愛して欲しい。自分だけに、肌を見せ、自分だけに、声を枯らせて悶えて欲しい…
けれど、女の口から出た言葉は、いつも決まって同じ。
辛くて、悔しくて、正次郎は身を翻し、黙って春乃の上に覆い被さった。
僅かに日だまりの匂いがする彼の背中に腕を回し、春乃はふと、肩越しに見える軒先の風鈴を見つめる。
青空の下、風を受けて音色を奏でるその姿は、とても愛らしくて、幸せそうで…
あんな風に、この人の側で、笑っていられたら…
絹すれの音と、正次郎の切ない息遣いが早くなる。
徐々に体にまとわりつく、甘美な疼き。
ほかの客とは違う、愛されていると言う喜び、幸せ。
けれど、時々どうしようもなく、それが不安で、怖くて…飛び込む勇気が出せない。
切なくて、切なくて…まだ紅の塗っていない唇の端から衝動的に発した声は、自分でも驚くくらい儚くて、脆くて…思わず、涙が一筋溢れた。
「好きや…」
繋がる寸前に発した正次郎の思いにすがるように、春乃は自分から唇を重ねた。
明々と輝いていた太陽は西に傾き始め、初夏の仲之町は、静かな茜色に染まり始めていた。
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