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唇を咬み、肩を小さく震わせる律に菊和は小さく溜め息を溢す。
「お菊もなんだってまた、私にお前を託したんだろうねぇ…」
「だってそれは、私が…菊さんの事、好きだって知ってたから…」
「まあ大方、そんなとこだろうよ。まったく。女ってぇのは、つくづく面倒な性なのかねぇ…」
短く切り揃えた髪の毛を乱暴に掻きながらそう言うと、菊和はしゃくりあげる律に背中を向ける。
「菊さん!」
「大きな声を出すもんじゃないよまったく。…まだ明日の務めの準備があるから、飯だけでも、なんか適当に拵えていておくれ。」
「…はいっ!」
嬉しそうに破顔して、いそいそと水場の方へと駆けていく律。
普通の男なら、可愛い…いじらしいと思えるのだろうかと、菊和は心の中でまた溜め息をつく。
「私にはもう、誰も必要ないってぇのに、何だってお前は、律を寄越したんだろうねぇ…」
そう決めたのは、庭先に菊花が咲き乱れていた…遠い秋の夜。
何事にも流されず、動じず、ただ密やかに倹しく、神と人に奉じる道を選んだあの日が、まるで昨日の事のように脳裏に過る。
「私はもう…お前のいない幸せなんて、望んじゃいないんだよ?お菊…」
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