第1章

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「一体なんの音なのよ? 何かが揺れているような不快な音」  私はちょっと、いや、かなり冷や汗が出た。音の正体さえわかれば、キーィキーィとするこの揺れる音に悩まされずに済むわけだから、そうそう。  確認すればいいだけなのよね。  ふとまたあの目を閉じて、頭の中でだけで部屋を回った時の事を思い出した。  でも今度は現実だ。  ドアノブを握る手が少し震えてくる……。  緊張してなんだか喉まで渇いてきた。  震える手で、私はえいっと、ドアを開けた。  けれど、そこはやはり倉庫と化したシン……とした暗い北の部屋。  もちろん、やっぱり何もなかった。  はぁ……。  あたしは気が抜けて、ほっ、として、リビングに戻ろうとする。  が、突如ポケットに入っていた携帯が震え、びっくりした。 『あのー救急の者ですが、今、金座駅です。こちら、御河辺のあさんの携帯でよろしいでしょうか?』 「は、はいっ!」 『ええと実はですね』  その電話は、堅人が電車のホームから線路に落ち、大怪我をした事を知らせるものだった。 「あのっ、あたしそっちに行きましょうか?」 『あっ、いいえ、それはいいとの旦那さまからの伝言です。酔ってらっしゃるみたいで』  もう終電も終わっていたので、救急の人によると堅人はその日は病院に泊まるとのこと。  翌日、シラフの堅人が病院から戻ってくると、彼は酷く疲れた顔をしていた。  そして何故ホームから線路へ落ちたのか、理由(わけ)も言ってくれない。  しばらく無口だった堅人が、おもむろに私の方を向いて呟いた。 「なぁ、のあ、あのさ……何も言わずに、俺の言う事聞いてもらってもいい?」 「なに?」 「引っ越そう……」  結局あの後、あたしは何も見なかった。  今度はぼろいアパートだけど二階の南の部屋2LDK。  堅人はまだ松葉杖をついたままなんだけど、元気に夕飯を食べてくれる。  私の仕事中に変なキーィキーィした揺れるような音も聞こえない。    私は堅人の一連の行動からあることを察した。  あの目を閉じて頭の中でだけ部屋を回るというゲームをした時、堅人は何かを見たのだ。たぶんあの北の部屋で。  一体彼は何を見たんだろう。  あたしは聞こうかどうしようか悩んだけど、でも止める事にした。
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