第1章

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「羽山を起こすのは面倒だからこのまま連れて行く。早くベッドに乗せろ」 「低血糖ショックの処置をしろ! もう意識はない!」  松浦は叫ぶ。ユージは舌打ちすめと、松浦を掴み羽山の傍まで引っ張っていく。そして松浦を放して、羽山に刺さっている点滴を強引に引っこ抜いた。 「よく見ろ」  それだけ言うと、ユージは踵を返した。 「気絶しているだけだ。命に別状はない」  驚き点滴を見る松浦。なんと、点滴にハリは付いておらず、点滴の管はただテープで止められていただけだった。そしてその時、松浦は初めて室温がえらく寒い事に気が付いた。冷房が効きすぎるほど効いているのだ。そして羽山のシャツから漂う微かな医療用アルコールの匂いに気づき、ユージのフェイクの種を知った。  ユージは初めからインスリンは投与をしていない。そう思わせただけだ。気絶している間に、羽山のシャツを大量のアルコールで濡らし、それが気化することで冷気を感じさせ冷房と合わせて異常な冷えと震えを体現させる。頭痛や吐き気はそもそも先の銃撃の脳震盪によるものだ。さらに、ユージは拘束する縛り方も巧妙に関節を曲げて縛り上げ、筋肉を緊張させ、神経痛が起きるようにしていた。松浦はそれを知り、ユージの胆力に言葉を失った。 「分かったら早く運べ」  命じ終えたユージは、近くにあったソファーに腰掛けた。そっとセシルがユージの元にやってきて、黙って冷房のスイッチを切った。 「さすがですね、ユージさん」 「そうでもない」  そう答え、ユージは一笑した。 「喋らなかったら、本当にやった。俺はやらない、とも言っていない」  そう言い、ユージは目を瞑った。僅か数分でも眠るためだ。あっという間に浅い睡眠に入ったユージの顔を見て、セシルは笑みが零れた。 以前、ユージは言っていた。 <医療で、俺は絶対に人を殺さない>……と。  紫ノ上島 <新・煉獄>周辺 午前6時31分 「んー…… この殺人的な甘さ! 最高の朝食だねぇ~」  トゥインキーとコーラで朝食をサクラたちは採っていた。コーラはサクラが持ってきたもので、コーラ中毒のサクラと飛鳥だけが飲んでいる。サクラと飛鳥、そしてその周りには涼、宮村、片山、田村がいて、同じように食事をしていたが、さすがにあまり食は進んでいなかった。
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