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10 #2
ーーー春野ーーー
馬鹿なあたしは、自分が特別だと思いはじめていた。
中川は鵜飼いで、あたしはたくさんいる鵜の群れの中の一個体。
鵜たちは競うように主人に獲物を献上する。
あたしは何人かいる女たちの一人にすぎない。
ケーキやプレゼントに舞い上がっていた自分が恥ずかしくなる。
これは、この男のいつものやり方なんだろう。
そろそろあたしは、あの部屋を出る頃合いかもしれない。
お店の近くに空き部屋ないかな。
帰ったら、ネットで調べてみよう。
いろいろ考えているうちに、車は地下で停まって、あたしと中川が降りる。
助手席の荷物を持って、中川の後ろを歩いた。
はやく着いてほしいときほど、エレベーターってゆっくり動いてる気がする。
表示が“8”になり、扉が開くと、あの人は左、あたしは右へ進む。
言葉は交わさない。
コウ君がいる部屋のチャイムを鳴らしながら、あたしは小さくため息をついた。
キッチンでスープを鍋に移し、温める。
コウが食器を出してくれた。
タイも帰ってきて、たけのこご飯、スープ、ベーコンと筍のソテーで、お夜食会にした。
コウは、スープやごはんの具材を一つ一つ確かめながら食べている。
ちょっと面白い癖かな、なんて思っていたあたしは、その理由を知って泣きそうになった。
『自分でも、変な育ち方したなって思います。』
風変わりな親?ネグレクト?
あたしに判断はできない。
何も言えない。
あたしも、コウ君も、こうやって手探りで生きている。
でも、無邪気に幸せを求めるような種類の人ではないから。
幸せか不幸せかは、他人が決める事じゃない。
傷をいたわり合う様な関係も嫌い。
ヨウジさんが話してくれたことを思い出す。
落花流水。
あたし達はみんな流れていく花。
水の流れになすすべもなく、絡め取られるような因縁の中で、花達はすれ違ったり離れたり。
中川がいらないと言えば、あたしはすぐにでもここからいなくなる。
今こうやって、一緒にご飯を食べているあたしたちの明日はわからない。
儚くて、楽しくて、ほんの少し優しくて、毎日が、降っては溶ける雪のようだ。
消して積もらない。何も残さない。
3人で行った、あの埠頭の公園。
この先いつか思い出して、笑えたらいい。
懐かしいと思えればいい。
コウ君が買ってくれたバニラアイスを食べる。
冷たくて、甘くて。
とても、おいしい味がした。
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