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目の前に来た中川が、あたしの顔をじっと見てる。
まなざしが柔らかくなった。
「春野、おいで。」
言いながら、あたしを引き寄せた。
肩に回された腕の力が強くて、ぴったりと体がくっつく。
「ヨウジ、今日は・・・。」
「ハイハイ、了解。ちゃんと話しなよ。あと、明日は店、休みだからな、念のため。」
頭の上で会話が進んで、あたしはいまいちついて行けない。
2人は普通に喋っているけれど、中川のスーツしか見えないあたしは、体を捩って距離を取ろうとする。
びくともしない。
「ちょっと、離して。」
顎を上げて真上にある中川の顔に向かって言う。
「ああ。」
ゆるんだ腕は、下に降りて今度はあたしの腰に回される。
のけぞるように上半身を逸らしても、中川の手は、腰から離れない。
「ハル、何やってんだ?かわいいね。」
ヨウジさんが笑ってる。
「お前ら、楽しそうでいいな。じゃあな。」
楽しそう?どこが?
背中越しにヒラヒラと手を振ってヨウジさんは歩き始めた。
「行くぞ、春野。」
腰を抱かれたまま車まで歩いて、助手席に座る。
ヨウジさんの車から、短いクラクションが聞こえて、駐車場を出て行くのが見えた。
テールランプを点滅させて通りに出る車を見ていたら、顎を掴まれて、いきなりキスが降ってくる。
とっさに目を閉じて、唇をぎゅっと固くする。
ふっと笑うような息遣いと瞼に感じるキス。
睫毛を舌先で舐めた後、男の前歯が瞼をひっかく。
酸素を求めて開けた口に、するりと押し入る舌。
目を閉じたままで、絡み合う舌でその温度を確かめる。
「ん・・・。」
誘われて、男の口に差し込んだ舌。
吸い上げられて、噛まれて、ぐちゃぐちゃに濡れていく。
唇が離れても、半開きの口のまま、あたしは荒く息を吸っていた。
「春野、シートベルト。」
耳につけた唇からの声が、ダイレクトに頭に響いて、ハッと我に返る。
ベルトを引っ張っると、中川が手を重ねて、バックルにかちゃりと嵌め込んだ。
誰かに見られるかもしれないこんな場所なのに。
自分の体が熱を持ち始めているのがわかる。
恥ずかしくて、悔しくて、ぶっきらぼうに重なった手をほどいて、膝の上で固く握る。
目の前の欲に簡単に負けてしまう自分が嫌いだ。
そんな風にさせてしまうこの男も、嫌。
なのに、どうしてこんなに惹かれるんだろう。
目を閉じて、心の中でため息をついた。
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