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25 #2
ーーー春野ーーー
なかなか戻ってこない春野。
ソファーの上で膝を立てて座っている横顔が幼く見えた。
抱きかかえてベットに戻り、向き合ったままひとつの塊になる。
絡んだ足の先が冷たい。
「んー。」
俺の胸に頬を押し当てる春野。
全部を抱きしめるように腕に力を込めた。
「春野。」
「なあに?」
「アイシテル。」
春野は動かない。
胸にあたる春野の拳が、俺達の間に隙間を作る。
隙間ごと、春野を抱きしめる。
離さない。
髪、うなじ、肩、背中、尻から足へ。
ゆっくりと、確かめるように掌でなぞった。
「タツヒコ。」
「ん?春野は?」
「タツヒコ。」
うわの空な感じの春野は、『大好き』と言ってくれない。
催促するように腕に力を入れる。
無理やり隙間を潰す様に体を押し付ける。
「苦しい、タツヒコ。」
顔をあげた春野の唇を捕まえる。
「・・・」
言葉ごと飲み込んで、舌を絡ませた。
言わないなら、唇も、体も喰ってしまおう。
微かな抵抗に煽られて、加虐心に火が付く。
自分の体温が上がるのを感じる。
握っていた掌を開いて、俺を押し返そうとする仕草。
愛撫のようで、俺は昂っていく。
「春野。」
唇の輪郭を舌でなぞる。
小刻みな震えに気付いて、俺はハッと息を飲んだ。
目尻から耳へと流れる涙。
春野は目を閉じている。
「春野?」
初めての拒絶に狼狽える。
「嫌だったのか?」
微かに顔を横に振る春野。
「ちがう。」
「うん。どうした?」
指の腹で涙を払っても、また溢れてくる。
上半身を起こして、春野を胸に抱いた。
シャツで涙を拭きながら、背中をさする。
「タツヒコ。」
「うん?」
「ありがとう。それからごめんなさい。」
「何が?」
「今までのこと。」
「春野。」
「腹が立ったでしょ? あの頃あたし、凄く嫌な奴だったよね。」
「そうでもなかった。」
腹が立ったのは、ほんの一時だった。
俺は秋実の嘘にすぐに気付いたし、春野が気になってどうしようもなかったから。
体だけがどんどん馴染んでいって、心がついてきていない春野。
タイやコウに心を開いて笑うようになっていき。
いちどは決別を決めたヨウジが戻ってきて、仕事をするようになって。
金も物も欲しがらない。
掴み処のない性格。
この風変わりな娘の心が欲しくて、どれだけ焦がれたことか。
春野は知らない。
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