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「私の話……?」
見知らぬ誰かになぜそんなことを語られるのかは分からないが、心の奥ではとても気になっていたこと。一字一句聞き逃さないよう、あいなはその声に意識を集中させる。
――母親はあなたを愛していた。愛の深さゆえ不慣れな育児にストレスがたまり、結果、彼女はあなたを疎ましい存在と思うようになった。捨てたいと願った。その苦しみから解放されたいと毎日願った。結果、彼女は新しい恋人を作りあなたを捨てた。
「捨て、られた……?」
――そう。あなたはいらない子なのよ。私と同じ、生まれた時から不必要な存在だった。今の幸せもいつか壊れる。永遠なんてないの。甘い物語は一滴の毒で悲劇に変わる。
「愛されて、なかった……」
――シャルも同じ。あなたのことなんてはじめから好きでも何でもなかったのよ。
「…………!」
――あなたは恋愛に不慣れで男女の違いをよく知らないから、唐突なプロポーズにほだされてしまっただけ。可哀想に……。愛情に餓えていたあなたに、シャルはつけ込んだ。彼があなたに向けたものは愛なんかじゃない、自己満足よ。
「……やめて……。シャルだって色んなことに苦しんでた…!強引な所もあったけど優しくて憎めない人だった。他人の弱味につけ込むような男じゃない。シャルが離れていったのは私が悪いから……!」
あいなは必死に意見したが、まるで意味がなかった。ひび割れた壺から泥水が漏れ出すかのように、その声はじわじわとあいなの弱い部分を侵食する。
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