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エスペランサの言う通りだった。あいなは今、自分が自分でなくなったかのような心持ちがしていた。シャルとの別れも実の親のことも鮮やかな記憶として意識できるのに、それら全てを都合良く忘れてしまったかのように気持ちは安定している。
「このまま死んで、私の栄養になりなさい。大丈夫。魂はいただくけど、死んだあなたに意識なんてないから苦痛なんて感じやしないわ」
「断ります」
「何ですって?」
気丈なあいなに、エスペランサはわずかに戸惑いを見せる。
「私の命は私だけのものじゃない。お父さんとお母さんが大事に育んでくれた大切なものです。あなたに命令されて好き勝手に弄んでいいものじゃない」
「ふうん。まだそんなことを言える元気が残っていたの……。さすがね」
口角を吊り上げ、エスペランサは妖艶な笑みを浮かべた。あいなにはそれが何かを企んでいる表情に見えた。
「エスペランサさんが何を考えてるのか私には分からないけど、何か良くないことをしようとしてるのは分かります。エトリア様はあなたのことを止めたがっていました」
「エトリア、ね……。死んでもなおお節介だこと。彼女には私の気持ちなんて分からないのよ……!」
エトリアの名前を出した瞬間、エスペランサは取り乱した。双子姉妹の間に何か深い事情があることは容易に察することができる。
それだけではない。あいなの心を象徴するこの空間には、エスペランサの心の色までもが漂ってきた。それまでは分からなかった彼女の内心が、口にされなくても伝わってくる。
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