488人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ
「こんな時間まで、残らなければならないほどの仕事を?」
東条さんは、私のデスクに片手を置くと、そう聞いてきた。
「あ、あの……!」
彼の甘く低い声に、頭がスパークして、用意しておいたはずの理由が口から出てこない。
直接触れられたわけじゃない。
彼が、私のデスクに触れた……ただ、それだけなのに。
鼓動が暴れて、胸を突き破ってしまいそう……。
「プ、プレ……っ!」
「はい?」
完全に挙動不審な女子社員に、東条さんの声が柔らかく聞き返した。
私は、窒息寸前の喉を軽い咳払いで整えると、ゆっくり答える。
「プ……プレゼン用の資料が、なかなか進まなくて……!」
おバカな私だけど、こんなに日本語を話すのが、難しいと思ったことはない。
ずっと離れた距離から見てきたのに、こんな突然、触れあえそうな距離に詰められて……。
気を抜くと、意識を手放してしまいそう。
私は、東条さんをまともに見ることすら出来ず、フロアの無機質な床に視線を落とした。
最初のコメントを投稿しよう!