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「君は、電車通勤ですか?」
「えっ……あ、はい……っ」
「では、もう帰らないと」
そう言うと、東条社長は、私の背中越しに腕を伸ばしてきた。
「……っ」
彼の体を背中に感じて、鼓動が波打つ。
でも、彼の腕が伸ばされたのは、私の体に触れるためじゃなくて、立ち上がったままのパソコンのマウスに触れるため。
「パソコン、落としますよ」
しなやかな長い指先が、マウスを動かす。
さっきの膝の感触と、目の前の艶やかな指先に、一人でドキドキしていると、パソコン画面がシャットダウンされた。
「……ありがとうございます」
真っ暗になった画面が、この短い夜の夢の終わりみたいで、ちょっと寂しい……。
「では、気をつけて帰ってください」
社長はそれだけ言うと、私から、すっと離れてフロアの入り口に向かっていく。
「あ、あの……!」
その背中を夢中で呼び止めた。
長身の背中が、ゆっくりと振り向く。
「また……会えませんか?」
静かなフロアに、私の声だけが響いた。
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