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「もう……無理みたい」
あの夜、私にだけ向けられた彼の声。
引き寄せられた強い腕。
触れあった、唇と舌先の熱……。
全部あまりにも鮮やかで。
心からも、体からも、
あの時、刻まれた感覚が消えそうにない……。
うつ向く私を見て、菜々美は、ふぅとため息を一つ吐くと言った。
「もう、遅いか……。何言っても」
菜々美は、食べ終わったパスタの皿をテーブルの端に寄せると、バッグから煙草とライターを出す。
そして、慣れた手つきで煙草に火を点けると、一口吸ってから言った。
「じゃあ、結衣。一つだけ約束して?」
「……約束?」
聞き返す私を菜々美の綺麗な目が、見つめ返す。
「ちゃんと、駆け引きして」
……駆け引き。
「結衣は、いつも真っ直ぐ恋愛してきたんだと思うけど……。彼には、それじゃダメ。彼のペースに飲まれないで」
「……そ、そんなこと言われても。どうしていいか全然分かんないよ……」
戸惑う私に、菜々美は言った。
「要は、全部、彼の思う通りにはさせないってことよ」
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