第2章 小春日和 ~新しい家族~

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 「ミィ ミィ ミィ」 子猫たちの声は,日に日に力強くなってきた。 伊葉はニコッと笑いながら,子猫たちの背中をチョンと撫でた。 「うん,もう,危険水域は  脱したな。  ミルクもよく飲んでる」 「はい」 伊葉は弾むような声で答える。 「さて,そろそろ,  退院の準備をしていかんとな」 「はい!」 「本当に竹内さんのところで  迎え入れてもらえるのかい?」 「はい!もちろん。  父も母も楽しみにしています」 「そうか,それならよかったが…  無理はしなくていいんだよ。  ここで里親を探すことも  できるが…」 伊葉は大きく首を振った。 「いえ,もう家族にすると  決めました!  私が連れて帰ります」 そういう伊葉に,清家獣医は笑いながら頷いた。 「うん,わかった。  それじゃあ……  竹内さんのおうちには,  先住猫がいるみたいだけど,  授乳できる子はいない…よなあ」 清家獣医は,カルテと伊葉の顔を交互に見た。 「……はい。  女の子はレモンだけですし,  出産経験もないし……」 「うん,じゃあ,あなたが,  母猫になるしかないな」 清家獣医がそういうと,伊葉は驚いて聞き返した。 「え?」 清家獣医は,笑いながら小さな小さなスポイトを取り出した。 「まだ,生まれて  2週間と少しだからなあ。  キャットフードはまだ  難しいんだ。  だから,これで  ミルクを飲ませてやる  必要がある」 伊葉は目を丸くしたまま,しかし頷きながら話を聞く。 竹内家には,先住猫が3匹いる。 レモンも拾ったときにはまだ小さかったが,もうキャットフードは自力で食べられる大きさだった。 授乳が必要な大きさの猫を受け入れるのは初めてだった。 伊葉は,清家獣医に子猫たちの授乳の仕方を教えてもらった。 誤嚥しないように,うつぶせのまま授乳することや,スポイトも押しすぎないようにすることなど,注意することがたくさんある。 伊葉は,ポイントを教えてもらいながら,子猫にそっとスポイトを差し出した。 スポイトに我先にと吸い付く2匹。 「おお,元気がいいな」 清家獣医もにこやかに見守っている。 「ミィ!ミィ!」 子猫たちは,まだ目が開いていなかったが,頭をグルグルと振って大きな声を出す。 伊葉には,それが母猫を探しているような動作に見えた。 この子たちを連れ帰ったことは,正しかったのか…と伊葉は不安になっていた。 その表情を見て,清家獣医は告げた。 「竹内さん?」 「……はい」 「あのね,段ボールに  入っていたということは,  とても悲しく残念なことだが  人の手で捨てられたという  ことなんだよ」 「……」 伊葉は,黙って頷いた。 「だから,たとえ母猫を  見つけても,  飼ってもらえる可能性は低い。  それに,あのずぶぬれの状況では  正直言って,朝まで命を  維持できる体温を保てていたかは  保証できない。  あなたが拾ってくれたのは,  正しい選択だったんだよ。  あなたがこの子たちの命を  救ってくれたんだ」 清家獣医の言葉に,伊葉や息をのみながら頷いた。 そして,伊葉の顔を少しのぞき込みながら優しい声で言った。 「竹内さんが  母猫になってくれるかな?」 伊葉は,こんな小さい子猫を育てるのは初めてで,自信はなかったものの,家族として迎える覚悟に変わりはなかった。 「はい!  必ず立派な猫に育てます」 伊葉が大きな声でそう答えると 「うん,あなたなら大丈夫!」 清家獣医は満足げに笑った。 伊葉は,スポイトに吸い付く子猫たちの様子をうれしそうに眺め,子猫特有の可愛さに,癒されていた。 レモンたちのような,大人猫にも大人猫のよさがある。 レモンたちと過ごす,ゆったりした時間も好きだったが,また子猫たちとのにぎやかな時間も楽しみになった。 「そうだなあ,  すっかり元気には  なってきてるんだが,  先住がいるなら  検査の結果が出てからの  方がいいだろうな」 結局,子猫たちは1週間ほど病院で様子をみた後,竹内家に迎えることに決まった。 「よろしくお願いします」 伊葉は,そう言って軽い足取りで家路についた。
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