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「すみません……すみません!!」
できるだけ雨が当たらないように傘を何とかさしているが,伊葉が抱きかかえた段ボールは水を含んでぐにゃりと変形している。
6月とは言え,雨に打たれるとまだ肌寒い。
伊葉は必死の思いでドアを叩いた。
時刻は18:30。
入り口のドアに書かれている受付終了時刻から,30分経過している。
かかりつけの動物病院は,残念ながら定休日。
途方に暮れた伊葉は,ふと最近,近所に動物病院ができたことを思い出し,すがる思いで自転車をとばした。
何度もドアを叩いたが,反応がない。
段ボールの中を覗き込む。
このままでは,この小さな命を助けることができないかもしれない。
「やっぱり…だめか…」
次の手段を考えなければと 頭を巡らせる。
心細い気持ちのせいか,雨に濡れたせいなのか,伊葉の体も冷えてきた。
段ボールの中から取り出した小さな体を,腕の中に抱える。
そして、すでに少し濡れてしまったタオルでそっとくるんで撫でながら温める。
「…どうしよう…」
か細い声でそうつぶやいたとき,ドアの向こうからブラインドを開ける音がした。
「あらあら…大変。」
外にいるずぶ濡れの伊葉を見つけたその女性は、慌てて自動ドアを開けてくれた。
獣医さんなのだろうか?
伊葉はそう思いながら,白衣を着た上品な年配の女性を見つめた。
新しい病院には似つかわしくない,ベテランのにおいのする白衣。
ずぶ濡れの伊葉が抱く ずぶ濡れの段ボール。
そしてその中に入る ずぶ濡れの小さな命。
「あらあら,この子たちも。」
女性は段ボールをのぞきこんでそう言った。
「…すみません…」
凍えそうな声の伊葉を、女性は中に誘導する。
「とにかく,中へ入って」
伊葉は,制服のスカートの端を絞り,中に入る。
「まず,その子たちを。」
ふわふわの真っ白なバスタオルを2枚持って戻ってきた女性は、1枚を伊葉に渡し,もう1枚で子猫たちを包んで,そのまま中へ連れて行った。
「先生,先生! 急患です!」
さっきとは少し違う口調で,子猫たちを抱えて女性はてきぱきと診察室へ入った。
「ちょっと待合室で待っててね」
女性は,伊葉に声をかけ,ファンヒーターのスイッチを入れてくれた。
「なんとか助かって…」
伊葉は祈る思いで,ソファに腰かけた。
そして伊葉は思い出していた。
そういえばさっき、この子たちを見つけた駐車場って…もとは「あの」空き地だったんだ。
伊葉が猫を拾ったのは、これで2回目。
1回目は小学校3年生の頃。
近所の空き地だった。
そのときの子,「レモン」は今は伊葉の大切な家族。
今日出会ったこの子たちも,きっと大切な家族になる。
伊葉はこのときには,そう決めていた。
病院に着くころには,聞こえないほど小さな声になっていたが,
「ミィ…ミィ……」
「…ン…ミィ…ミィミィ…」
診察室から聞こえてくる声は,明らかにさっきより、そして、見つけた時より大きな声で鳴くようになっていた。
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