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ライムと出会ったあの日のことは,よく覚えている。
あの日。
雨が降っていたのに,5時になっても,家に帰ってこない伊葉を,近所の人が探し回っていた。
部下帰りにジャージで通りかかった獅虎も,そのことを耳にして,捜索に加わった。
「どこにいったのかな…
伊葉のやつ…」
みんなが心配しながら探し回ったが,なかなか見つからない。
日が暮れるのが早くなった肌寒い秋の日。
薄暗くなるにつれて,不安な気持ちが大きくなる。
「あ…」
そのとき,なぜだかわからないが,獅虎は,ある場所を思いついた。
それがどうしてだったかは,よくわからない。
事前に,伊葉からその話を聞いていたのだったか,なんとなく伊葉だったら…と思ったのかはもう思い出せないが,獅虎が思った通り,伊葉や空き地の隅の小さな小屋の前に,傘を差しながら座っていた。
「伊葉?」
「お兄ちゃん……」
伊葉は聞き覚えのある声に安心した様子で振り返った。
「どうしたんだよ?」
獅虎がそう問うと,伊葉は泣きながら……でも……これまで見たことがないくらい凛とした強いまなざしで傘の下を指さした。
伊葉の赤い小さな傘の下には,大雨にもかかわらず濡れていない木の箱があった。
その中には,薄墨のような色の黒とも灰色ともこげ茶とも言えない色の,縞模様の子猫が2匹いた。
「なるほど……」
獅虎は「馬鹿だな」と言いかけたけど,伊葉の強いまなざしに言い淀んだ。
伊葉は,なんとしてもこの小さな命を守りたかったのだ。
でも,4年生の彼女にできることは,なんとか傘を差しだすことだけ。
それ以上のことは,まだ思いつくことができなかった。
高校1年生の獅虎は,さすがに伊葉よりは,次の手段を思いつくことができた。
「とりあえず,
みんな,伊葉のこと心配してるから。
それに,その子たちも
雨の中じゃ寒いだろうから…。
連れて帰ろうよ」
獅虎は,そう言って伊葉を宥める。
「……でも……お母さん,
ダメって……言うもん」
「まあ,その時は,
俺が飼ってくれるところ探すから,
任せとけって。」
何の根拠もなかったけど,このときの伊葉を連れて帰るためには,そう言うしかなかった。
獅虎は,雨に濡れた伊葉と,木の箱に入った子猫2匹を,伊葉の家まで連れ帰った。
獅虎は,あのときの,小さな命を必死で守ろうとした伊葉の強いまなざしが,なぜか忘れられなかった。
伊葉の両親は,獅虎が話した経緯をきき,伊葉を叱る声を少し
緩めてくれたように思う。
そして…頑固な伊葉が,また雨の日に同じことをする心配があったからか,それとも,伊葉が無事に帰って来てくれただけでも,よしとしたのか…
それとももしかしたら,伊葉の両親も動物好きだったのかも
しれないが…
獅虎の心配をよそに,猫を飼うことはあっさりと認めてくれた。
そして……それからたった一週間で
獅虎の人生は大きく変わった。
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