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獅虎が小学校高学年のころから,獅虎の父に対する母親の不満はずっと続いていた。
獅虎の母の実家は,代々 獣医だった。
祖父も獣医で,祖母と一緒に隣町で小さな町の動物病院を営んでいた。
獅虎の母は,獣医の資格は持っていなかったが,動物が大好きで,獣医の父と結婚したこともあり、ゆくゆくは祖父の動物病院を,二人で継ぐことを考えていた。
しかし,獅虎の父は,大学での研究を続け,獅虎が小学校に上がったころ,動物の保護活動のため,アフリカへ旅立ってしまった。
獅虎の母も,最初は,そんな父の高い志を応援していた。
別に経済的に困ったわけではない。
だけど…。
日本へ帰ってくるのは,3年に1回。
それも,家に帰る時間はほんの一時で,すぐに大学に出かけてしまう。
そして,アフリカにいる間,連絡は一切ない。
夫として,そして獅虎の父親としての役割を果たさない父を獅虎の母は見限ったのだ。
そして…
伊葉が子猫を拾ったあの日。
3年ぶりに獅虎の父が帰国した。
秋の雨の日だった。
何一つ連絡のないまま,突然帰ってきた獅虎の父。
まるで,今朝家を出て,帰ってきたかのように当たり前のように過ごす父の様子を見て,母は「もうだめだ」と感じていた。
「獅虎…あのね…」
父が大学に行くといって家を出た後,母はそう切り出した。
父が大学で寝泊まりしている間に,獅虎と母は,祖父母を頼って隣町へと引っ越すことになった。
獅虎は,荷物をまとめて引っ越しの準備をした。
…といっても隣町。
高校生になっていた獅虎には,さほど離れた距離ではない。
高校も電車通学にはなってしまうが,十分通学圏内。
それでも,生まれてからずっと育ってきたこの街を離れるのは少々寂しかった。
特に近所に住んでいた大樹や伊葉たちとは,兄弟のように育ってきたが…もうなかなか会うことも無くなってしまう。
獅虎は,隣に住む健と,大樹・伊葉兄妹にだけさよならを告げた。
伊葉は獅虎の顔を見ながら涙を浮かべていた。
「お兄ちゃん……いなくなっちゃうの?」
伊葉のその表情を見て,獅虎は,複雑な気持ちになった。
伊葉は思った以上に、自分のことを慕っていてくれたのだなと
獅虎は感じていた。
どちらにせよ,あと2年もすれば,獅虎は大学に行くために,この家を出ただろうに,伊葉の悲しがりように心が締め付けられた。
なぜか獅虎は,急に独りぼっちになってしまうような気がした。
これまでだって,十分寂しかったはずなのに。
これまでのように,帰宅しても誰もいない家で過ごすのではない。
祖父母が毎日いる家に行くのだ。
なんせ,獅虎の大好きな動物が,たくさんいる動物病院に住むのだ。
さみしいはずなんてないはずなのに…。
「なあ,伊葉」
獅虎が話しかけると,伊葉は涙声のまま答える。
「ん?」
「昨日の猫……いる?」
「…うん」
伊葉はそう言って、部屋の奥へ向かった。
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