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あたしは、思い切って、奥様には正直になろうと思った。
「……初めて、会ったんじゃないんです」
「え?」
父さんにしか言ってないことだった。でも、こんなに気遣って心配してくれている奥様を安心させたい。
「偶然、通学電車が一緒で……あたし、電車でずっと見ていたんです、智樹さんのことを。話をしたのは1回だけだったけど、あたし、ずっと智樹さんのこと、……好きでした」
思い切って言ってしまって、やっぱり恥ずかしくなった。父さんにだって、電車に気になる人がいる、程度にしか言ってなかったのに。
あたしは恐らく真っ赤になっているだろう顔を隠すように、もじもじと下を向いた。
智樹さんのこと、そう、ずっと、好きだった。
「まあ!」
奥様は、両手を口にあてて目を見開いた。
「恥ずかしいので、智樹さんには内緒ですよ」
と、あたしは慌てて口止めをした。
奥様はあたしを見つめたまま、何度もうなずいた。その目はなんだか潤んでいるようにも見える。
「そう……だから、井上は……」
そうつぶやいて、泣き笑いのような顔をした。
「そう、そうなの……。良かった。本当に良かった。あなたたちはとってもお似合いの夫婦よ。私、心から祝福するわ。たとえどんな障害があったとしても、必ず……必ず、乗り越えていける。二人なら、できるはずよ」
奥様は感激した様子であたしの手を取り、両手で包んでくれた。
こんなに、喜んでくれるなんて、あたしもうれしかったけど、あたしが良くても智樹さんのほうが心配。あんなに素敵な人なのだから。本当にあたしでいいのだろうか。
そして、ふと奥様の言葉にひっかかった。障害……?何か、あるのだろうか?
「さあ、それなら、ちょっと地味だけど新婚旅行だもの。はりきって準備しましょ」
「新婚旅行!」
あたしは、またその重要問題が浮上して、顔を赤らめた。結婚して最初の旅行イコール新婚旅行……。つまり、二人で……。
どうしよう……うれしいけど、どうしよう……
あたしの頭はパニックに陥っていた。
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