第1章

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「あら、かわいいお嫁さんね」 内海理事長は、森野さんに付き添われて理事長室に入ったあたしを見て、にっこり笑うとそう言った。 「いろいろ大変だったみたいだけど、この学園にきたからにはもう安心よ。人妻とはいえ、学生生活を楽しみなさいね」 ふふっと笑って言う内海理事長は、とてもきさくな感じのするあたたかい雰囲気の女性だった。年齢は、森野さんと同じくらいか少し若いかも。 森野さんは、家元の伝言を言い終わると、 「では、私はこれで。菜月さま、がんばってくださいね。またお帰りの頃、お迎えにまいります」 と言って、理事長に向かって一礼し、ドアに向かった。 「あ、はい。ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」 あたしは少しだけ心細くなり、森野さんを見送った。ふーっと息を吐いて、理事長に向き直ると、理事長は少し顔を赤らめて森野さんの消えたドアを見つめていた。 「どうしましたか?」 あたしが訪ねると、理事長ははっと我に返り、はつらつな笑顔を取り戻した。 「あら、ごめんなさいね」 なんだか、森野さんを見る理事長の顔はとてもきれいに見えた。もしや二人は仲良しなのかなと、新婚のあたしはいつもだったら感じないことをかんぐってしまった。 「担任の先生は呼んであるから、もう来ると思うわ。 そうそう、あなたが、智樹くんと結婚しているということは、私と担任の東条先生しか知らないわ。聞いていると思うけど、みんなにはふせておいてね。知られるといろいろ騒ぎになると思うの」 「はい」 あたしは神妙に応えた。 バレた場合、どんな騒ぎになってしまうのだろう。同級生に人妻がいるなんてことがわかったら、みだら、とか、なんとかでPTAから文句がくるかもしれない。 あたしは、少しどきどきしながら、理事長の学校の説明を聞いていた。 すると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。 「どうぞ」 内海理事長は快活に応えた。 「失礼します」 ドアを開けて入ってきたのは、細い黒ぶち眼鏡をかけた30代前半くらいの男の人だった。顔には柔和な笑顔を浮かべて、一礼している。 顔をあげて、理事長の次にあたしの方を見た。笑うと細くなる目が温厚そうな人柄を思わせる。
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