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「…では、お疲れ様でした」
「おう、お疲れ~」
会社付近の雑踏で同僚と別れると、男はコートのポケットから携帯を取り出した。
画面をタッチし普段通り電話を掛ける。
「…あ。もしもし? 今から帰るから」
言いながら駅へと歩を進める。
男は相手の声に耳を傾け、え、と反応すると、頬を緩めた。
「そうなんだよ…一応納期のメドも立った事だし、ここらで連日の疲れがたたってもいけないからって。
…え? いやいや、違う違う。俺の判断」
なにそれ~、とクスクス笑う彼女の顔を思い浮かべ、釣られて笑みをこぼした。
「…あ、すみません」
途中、通行人と肩がぶつかり、軽く頭を下げる。
夕方、人通りの多い時間帯だ。
…どうしたの?
彼女が不思議そうに問い掛けた。
「…いや、今人とぶつかっちゃって」
え、今どこ…?
おっとりした彼女の声に、まだ会社の近くだよ、と答える。
「じゃあ、もう電車だから…切るな?」
そう言って男は端末を耳から離し、再度画面をタッチした。
地下鉄への階段を下り、最早癖と化した様に、電光掲示板へ目を向ける。
快速電車の時間を確認し、まだ6時なんだよなぁ、と胸中で呟いた。
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