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カップルの男は口元のタバコが震えている。それでも女の手前、反抗して見せた。
「なんだ、君達。物乞いならどこか他でやってくれ。」
「彼女、そんなに綺麗なんだからさ、水着に着替えない?俺たちが着せてあげるよ。」
公一の脅しは、脅しじゃない。その凄みに押されてか、男は彼女の手をつかんで立ち上がろうとした。逃げ出すつもりらしい。その時、男はくわえていたタバコを砂浜にペッと、吐き捨てた…。
それを見た瞬間、義男が後ろから体を乗り出して、男の右頬に拳をぶちこんだ。
「…何捨ててんだよ、てめぇ…」
続けざまに、二発、三発と男を殴りつづける義男。うめき声をあげる男は、反抗もできないまま砂浜に膝をついた。その男の髪の毛をつかんで、落ちたタバコにむかって顔を押しつける義男。更にうめき声をあげる男。その後ろで、怯えた顔の女。
義男はタバコが嫌いだ。そして、この浜をとても愛している。切れると一番見境が無いのは義男だ。公一はもっと計算高い。俺は、黙って後ろで見ているだけで、こんな時には何の感情もわいて来ない。
早く終わらせろよ、人が来るとめんどくせえぞ…
そんな程度だ。
公一も少し興醒めした感じで、サングラスをかけなおして俺と一緒に周囲に目をやる。義男が切れたときは、俺たちではどうにもできない。
「…あーあ、義男の奴またかよ…」
そう言いながら、海に目を向ける公一。
「しょうがない、この浜にタバコを吐き捨てたんだから…。」
同じく、海を見る俺。
その瞬間、ドカッと音がして、義男が跳ね飛ばされたように海に向かって転がっていった。俺たち二人は慌てて義男の元へ駆け寄り、義男を水面から救出して振り返る。
そこには、怯えてうずくまっている女と、義男にボコボコにされた男と…あの右肩に大きな傷のある男がいた。
傷の男は、崩れ落ちているカップルの男と女に手を貸してやりながら、俺たちには一瞥もくれずに海辺の駐車場の方へと歩いていった。あの白いスーツも、駐車場のあたりに遠目に見えている。
俺たちは海に腰までつかりながら、気を失っている義男を掴み、ただぼーぜんとその後ろ姿を見送っていた。
…なんか、楽しそうな夏休みだな…あの二人、なんだかすげえ…
俺はそんなふうに胸をわくわくさせていた。
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