第20話 【紫陽花の記憶】

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友達だと思い込んでた頃…… 顔を合わせて三分と経たずに彼女が放ったのは、皮肉と憎悪が込められた言葉。 「今はお腹が一杯なので、せっかくですがそれは結構です」 胸に刺さる痛みを振り払う様にして、冷静を装った声を彼女に返した。 「見かけに寄らず冷たいのね。警戒しなくても毒なんて入ってないよ?」 喉をククッと鳴らして私の方へ歩み寄る彼女。 「……分かってます。そんな事」 「ああ、そう。なら良かった。 私ね、別にあなたに意地悪しようと思ってここに呼んだんじゃないのよ?あなたに謝ろうと思って……。酷い事をたくさん言っちゃったから」 警戒心を露わにする私にそう言って、香川さんがため息を添えて眉尻を下げる。 私に謝る!? どうして急にそんな事を…… あんな、下等動物を見るような目をして私を見下したくせにっ。床に平伏す私を嘲笑い、虫けら同然に扱ったくせにっ! 「……今度は、何が目的なんですか?何を企んでるんですか?」 険しい目をして喉の奥から声を絞り出す。 「何も企んでなんていないわよ。…人聞きの悪い。 強引なやり方は確かに汚かったかも知れないけど、私は今でも間違った事をしたとは思ってない」 「……」 「私が雪菜に会わせなかったら、あなたは今でも幸せな夢を見続けていたかも知れない。だけど、その先どうするの?雪菜は生きてる。生きてる人間の存在を隠し通せる筈が無い。 …一年後、二年後、時が経てば経つほど真実を知った時の心の傷は深くなる。裏切られた憎しみで心が蝕まれる。何かを犠牲にして手に入れた幸せは、一度ヒビが入ればそこから簡単に壊れる。…今のあなたなら、私の言葉の意味が分かるでしょ?」 私を見つめる彼女は、机を挟んだ私の対角線上で足を止め、諭すような口調で言葉を並べていく。 そんなの分かってる…… 全て分かってるから、こんなにも苦しい。 真実を知った今でも彼の側に居たいと願う私は、救いようの無いバカだ。大バカだ。 だけど、この感情は理屈では消せない。どんなに惨めな女になろうとも、捨てられない未練がある。 「……親友のためだなんて偽善。あなたは私に嫉妬してた。だから壊したかった。あなたにも捨てられない未練があるから。…人には決して言えない未練があるから。そうですよね?香川さん…」 彼女を真っ直ぐに見る私の唇から、苦々しい言葉が滑り落ちた。
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