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「…斎藤…俺お前のこと傷つけたくないよ。だからなんでか教えてくれよ。」
「近付かなければいいの。それだけ…。」
「それじゃ、俺が辛いんだよ!」
斎藤の表情が、少し変った。
じっと俺の目を見つめる…。
「なんで、高槻が辛くなるのよ…」
「なんでかなんてわかんないよ!ここんとこずっと一緒だったから、いなくなると辛いんだよ。」
「…それだけ?」
「それだけって…それ以外にも…」
何だかわからない感情があふれ出して来た。
目の前の斎藤を、ぎゅっと抱きしめたくなる…。
「俺…たぶん、今でも手紙に書いたときのままなんだと思う…」
「嘘!高槻にとってはもう過ぎた日のことなんじゃない!」
「なんでお前にそんなことがわかるんだよ!?」
「だって、全部過去形で話してたじゃない!」
なんだか、それで全部が氷解した。そうか、そういうことだったんだ…。
「斎藤…ごめん、俺そういう意味で言ったつもりじゃないんだ。」
「何を話しても、だった、だったって、そういう言い方だったじゃない!」
「斎藤、だから…」
説得しようと、一歩踏み出す。
「近付かないでよ!」
斎藤の気持ちがわかり、決心した俺は、構わず斎藤に近付き、犬ごと抱きしめた。斎藤は俺をふりほどこうと抵抗したが、やがて静かになっていった。
「斎藤…俺、今でもお前が好きだ。」
「嘘…」
「じゃない。」
周囲の目も気にならず、斎藤を抱きしめる俺。犬と一緒に、静かに体重をまかせる斎藤。
まばらな海水浴客達の中、俺達二人は一塊でしばらくそうしていた。斎藤の髮は、とてもいい香がして、俺はいつまでもこうしていたいと思いつづけた。
どこか遠くで、カモメの鳴き声が聞こえた。
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