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「裕太(ひろた)、これは?」
「あっ、それは捨てで」
「じゃこっちは?」
「それも捨てでいいです」
「裕太ってホント、潔いね」
――大学進学の為、引っ越しの真っ最中。
ほとんどの品物を迷いなく捨てるオレをさっきから驚きの目で見ているこの人は信(しん)さん。
さっき、必要な物はひと通り詰め終ったよ、と伝えたのだが、聞いてなかったのかな……。
信は多分今年で三十八歳くらいのはずだが、相変わらず童顔というか、あまりにも老けないので最近は、妖艶な感じすらする人だ。どう見ても三十手前くらいにしか見えない。
これで会社ではかなりできる営業マンらしいから、世の中ってわからない。
信は父の恋人だ。念のため言うと信も、もちろんオレの父も、男だ。
父と信の仲はもう随分長い。オレが保育園に通っている頃からだから、十三年くらい。もちろんはじめはふたりの仲など知らなかった。オレにとってはよく遊んでくれる、やさしいお兄さんだった。
それに気づいたのは、中学終わりくらいだっただろうか。ふたりはオレのいる前では決してそんなそぶりも見せなかったし、信がうちに泊まったり、父が家を空けたりすることは、ただの一度もなかった。
だが、思春期も過ぎていろいろなことがわかってくると、ふたりの間の空気が濃密なことに気付いてしまったのだ。
ふとした時に交わす視線、互いを思いやる言動……ひとつ疑いだすと、思い当たる節はいくつも見つかった。
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