まさに一目惚れ

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 うちに帰るとものすごい疲労感で風呂に入る気も起きずにベッドに飛び込んだ。彼のことが頭から離れない。  五年前もう恋は懲り懲りだと悟ったはずだったのに。  大学の時、見目麗しい後輩に好きだと言われ追いかけられた。  なんで自分みたいな冴えない奴を追いかけ回すのか謎だったし、そもそも相手が男性だったので戸惑って断り続けても、何度も何度もアプローチをされて折れる頃には自分が夢中になっていた。  ところが後輩は手に入れたら飽きてしまうタイプの性悪で捨てられ傷ついた。それだけの話。  相手が男ってところ以外は、よくあるつまらない話だ。  ここで荒れることでも出来ればよかったんだろうけどそんな器は自分にはない。誰にも相談できず、表に出せない感情を内側に閉じ込めて、少しずつ消化しながら心の平穏を徐々に取り戻した。  それは思った以上に心にとっては不健康だったようで、もともとなかった積極性がほぼなくなった。  就職を見つけなければいけない時期になってもそれは改善せず、そんな中の中途半端な就職活動がうまくいくはずもなく、気付けばフリーター街道まっしぐらで現在に至る。  生きていくため必要最低限の仕事をして過ごす、こんな毎日がもう三年になろうとしていた。  退屈だけど平和、何も変わらないこの生活が悪くはなかったつもりだったのに、俺は笑っちゃうほどあっけなく、恋に落ちた。  輪郭のはっきりしなかった視界がくっきりして、色のなかった世界が一瞬にして極彩色になったような衝撃だった。  ――人間なんて現金なもんだ。
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