危機

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      ◇◇◇  今思えばその日ははじめから不穏な空気が漂っていたのかもしれない。  うちを出るときに最初は携帯、次は財布、洗濯した店のエプロンなどありえない忘れ物が多くてうちのまえを何度も行ったり来たりした。  自転車に乗っているときも犬のフンを避けようとして電柱にまともに肩をぶつけてしまったり、とにかくツイてない。  そしてその集大成がこれだ。  俺は今、腰が立たない。なぜってビビッてしまって腰が抜けたからだ。  目の前にはぶるぶる震える手に刃物を持った坊主の男。ひどく痩せてよだれをたらしていて、目は完全にイッちゃっている。  今思えばいやにしんとしている店内に入った時におかしな様子に気付くべきだった。  忘れ物のせいで時間ギリギリだったのもあり、エプロンをつけてすぐ控え室をでると、こいつにぶつかった。 「あっ、失礼しました。すみません」 「あーん? お前誰?」  誰って、ここの店員ですけど……って、うわっ! こいつやばい奴じゃん。というわけ。  そしてどれ位の時間が経ったか、きっと数秒なんだろうけど、男が刃物を振りかざしてきたのでもうダメだと目を瞑った。  あれ……痛くない?   恐る恐る目を開けてみるとそこには男の手をひねり上げ、組み敷いている野中がいた。  野中は見たことない鋭い目をして、はあはあと口で息をしている。 「信さん、大丈夫ですか?」 「う……うん。大丈夫」  でも、立てない。すぐに警察が店に入ってきて野中が男を引き渡す様子をぼーっと見ていた。 「信!」  あれ? なんで道さんの声が? 助かったと思ったのは気のせいでやっぱり俺、刺されて死んじゃったのかな? 「信、大丈夫か?」 「ほんとに道さん?」  自分でもまぬけだと思いながらもそんなことしか言えない。
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